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女の視点で見る農業経営

夫に頼りにされる妻でありたい

夫の怪我という危機を乗り越えて


 しかし、こうして平穏無事に過ごしていられたのも束の間のこと。62年、主人が思いもよらぬ大きな怪我をしてしまったのです。約1ヵ月に及ぶ入院生活。日々の仕事は二人でもたいへんだったのに、一人でどうやっていけばいいのか、一瞬茫然としてしまいました。でも、とにかく家を守らなければなりません。今まで教わったことを自分一人でどれだけできるか、自分自身を試すいいチャンスだ、と思い直し、やってみることにしました。

 朝は3時起床。仕事が終わるのが夜7時。それから主人の入院先を見舞い、帰ってから青色申告書作り。睡眠時間は毎日4時間前後でしたが、無我夢中で過ごしたことを覚えています。

 私白身は何とか仕事をこなせるようになりましたが、それからの5年間、主人は3回に及ぶ怪我に見舞われ、しかも後遺症が残ってしまいました。当然、仕事もきつくなったため、二人で相談し合い、思い切って2000万円(自己資金)を投資してロール体系に変えることにしました。大隅酪農管内では初めての試みでした。同僚の人々からは「北海道のような大型酪農経営でもあるまいし」といった批判も受けましたが、今ではたくさんの仲間の人たちがロール体系になってきており、あの時の私たちの判断は間違えていなかったのだと思っています。


トラクタ・プラウ耕競技への挑戦は経営にもプラスになって現れた


 やがて平成2年になった時、県のトラクタ・プラウ耕競技会に初の女性競技者として参加することになりました。プラウ耕競技では、プラウの深さを一定に保ちながら真っ直ぐに運転操作する技術を競います。挑戦するからにはと一所懸命練習し、初めての出場でしたが2位に入賞することができました。その後3度目の参加時に最優秀賞を受賞。そして今年は全国大会です。県代表の切符はだったの一枚。過去5年間の上位入賞者から選抜されるとのこと。99%は無理だと思いながらも残りの1%に賭けて練習を重ね、まず県の予選を勝ち抜くことができたのです。こうして苦戦しながら手に入れた全国大会への出場権でしたが、やはり荷が重すぎて何回も辞退を考えました。しかし「今までお世話になった人たちのためにも頑張ってみようよ」と主人にも励まされ、このワンチャンスに挑戦することにしました。

 女性選手という重圧と大きな大会での緊張に加えて当日は一番心配していた雨、と悪条件が重なる中で競技に臨むこととなり、とても満足のいく操作はできませんでした。まさか優勝できるとは思ってもいませんでしたが、練習だけは積んできたので、最悪の状態でも身体の方が覚えていてくれたのだと思います。とはいえ、こんな素晴らしい賞がいただけたのも周囲の方々の支えと励ましがあったからで、これはみんなで勝ち取った賞だと思っています。

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