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江刺の稲

振り上げた拳をどう収めるつもり?

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第191回 2012年03月29日

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北海道別海町の読者、宮坂隆男さん(株式会社デーリィファーム宮坂代表取締役)が訪ねてきた。同氏は別海町の240haの草地規模を持ち搾乳牛250頭で年間搾乳量2900tという大規模酪農家である。それでも平均乳量で約1.2tという北海道でも経営レベルの高い酪農家である。

北海道別海町の読者、宮坂隆男さん(株式会社デーリィファーム宮坂代表取締役)が訪ねてきた。同氏は別海町の240haの草地規模を持ち搾乳牛250頭で年間搾乳量2900tという大規模酪農家である。それでも平均乳量で約1.2tという北海道でも経営レベルの高い酪農家である。東京新宿生まれで、その後人工受精師として別海の農協に勤め、同地で結婚して酪農家になった。自分の農場だけでなく地域の約1700haの草地基盤を背景にしたTMRセンターの経営にも関わっている。

そんな彼がほとんど呆れてしまうという表情でこう話していた。

「本当に農業界は変わらないね。農業団体がTPPに反対する立場は分からないでもない。でも、こんなに農民を動員して拳を振り上げ『TPP絶対反対!』と叫ばせた後、農協リーダーたちはその拳をどこに収めさせるつもりなのだろうか。それ以上に、その言葉を無疑問に信じ、乗せられて反対を叫ばされている農民たちの将来に対する責任を彼らはどう取るつもりなのでしょう。今、我われにとって大事なことは、仮に生産コストではかなわないにしても、顧客の満足を提供できる存在になること。お客さんの支持を得ていくために何をせねばならないかを考えることではないですか。でも、我われの業界が置かれている時代環境の変化への対応を考えずに問題の先送りをしてきた無駄な時間を思うと悲しくなる。私は東京の新宿生まれですが、そんな自分を受け入れてくれた地域がこのまま衰退していく姿を見なければならないのは残念でならない」

宮坂さんの住む別海地域は北海道の中でも草地基盤もある大型酪農経営者が多く、当然乳質も高い。でも加工乳としてしか売れない。そのためにチーズ作りに取り組み始めた中山勝志さんのような読者もいるが、そんな前を向いて頑張っている経営者ほど、農業団体や地域の酪農家たちとのギャップに悩んでいるのは想像がつく。

彼が、訪ねてきたのはそんなボヤキをこぼすためではない。今、同氏は、「酪農6次産業化支援クラウドシステムの開発」というテーマで北海道大学教授の山本強さんらとともに、酪農の経営・生産の現場に関わるあらゆる情報管理やコミュニケーション機能を持つだけでなく、酪農製品の消費者までを巻き込み、多様な人々による情報発信が総合的に結びついたソーシャルクラウドネットワークを構築するための研究開発に取り組もうとしている。それを通して農業側の自己改革だけでなく消費者の側からも北海道の酪農を変えていくような動きを作り出したいと考えているのだ。

後日、宮坂さんからメールを頂いた。1993年のウルグァイラウンド合意決定以前の牛肉オレンジ自由化交渉が行われていた88年に同氏が農業共済新聞に投稿した記事のコピーだった。

「苦境は逆転の好機」と題された24年前の彼のコラムには、若々しい顔写真と共に、今現在の同氏の認識とほとんど変わらぬ思いが語られていた。お目にかかったときに、「本当に変わらないネ」と笑った彼の気持ちが良く分かった。そして、農場の代表者の席を譲ろうとしている息子さんに「もう農協青年部の活動に参加するのはほどほどにしろ。農協青年部の活動は元気な農民を育てても、時代に必要とされる農業経営者を育てる場ではないと思うから」と話したという言葉が思い出された。

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