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新・農業経営者ルポ

男はオランダと出会い農業のあり方を学んだ


 条件に沿って派遣されてきたのが、9歳年下のオランダ人コンサルタント、フランク・バン・オーエンである。年齢こそ若いが、14歳で農家のアルバイトを始め、高校はCCOのオランダ人向けコースを卒業し10年近い現場経験を有していた。

 長谷川は「一年は作ることに専念する」と決め、フランクから付きっ切りで栽培機材の使い方、栽培管理の指導を受けた。年間約2000万円の報酬と生産した試作品の廃棄は、この地で本場に負けない味を再現するための投資と考えたのだ。たどたどしい英語も上達していった。

 滑り出しは順調かと思われたが、フランクが帰国するとたちまちつまずいた。日本にはオランダ種のいい菌床となる麦わらも馬糞も少なく国産無農薬の稲わらを使ったりしたため、品質確保が困難だったのだ。長谷川はコンサルティング会社を設立したフランクに窮状を訴えた。


窮地を救ったフランクのアドバイス

 再来日したフランクは、長谷川に経営者としての決断を迫った。

 「日本市場での売値を考慮しても、この規模の施設で投資金額を回収して収益を生むには、生産力を最大化するしかない。事業継続には自分の技術と自分が使っている材料を集めないと無理というのが、過去のデータに基づくフランクの診断でした」

 長谷川は専門技術者として就労ビザを取得したフランクと専属の顧問契約を結んだ。以降、10年にわたって日本に滞在し富士の環境に適した長谷川農産独自の栽培技術構築に尽力することになる。彼の助言を受け入れ、栽培用の菌床をオランダから直輸入する決断を下した。

 ただ、問題が2つあった。年間1000トン以上の菌床をコンテナで輸入する莫大なコスト。もう一つは、草木が何千年堆積したブラックピートが「土」と見なされ、輸入が認められていなかったことだ。

 菌床そのものは同じ作物産業での分業制が進んだオランダには専門メーカーが数社あり、コスト低減は可能。莫大な輸入コストは日本人の舌を信じての賭けだった。

 「フランクのつてでブラックピートの成分表を取り寄せ、横浜税関と10日間交渉し、ようやく『土』ではないと輸入を認めてもらいました」

 会社の窮地を救われたのはこれだけではない。長谷川は「アガリクス茸」の人工栽培に取り組んだことがある。作り方はマッシュルームと同じだったが最悪の事態を招く。栽培室に雑菌が繁殖してしまったのだ。

 農薬を使って雑菌の繁殖を抑える選択肢も考えられたが、フランクのアドバイスは明快だった。「全生産をストップして施設全体を徹底的に消毒除菌する」。過去の事例からして、対処療法で農薬を使っても「7割生産」が続く。そのロスを計算すれば、半年間出荷ゼロの方が損失は少ないというのだ。世界に農産物と栽培技術を輸出するオランダ農業はグローバルな情報ネットワークを築いている。技術移転にはリスク回避事例・ノウハウの蓄積が含まれていることを長谷川は実感したという。

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