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江刺の稲

『その位に素にして行う』

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第192回 2012年04月24日

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「致知」(致知出版社)という月刊誌を購読している。 “人間学を学ぶ月刊誌”と謳うこの雑誌には、各界の識者たちが自らの生き方を問い、日本と日本人の在り様について語る記事が満載されている。僕はその記事に心が救われ励まされることが多い。同誌は思想的には保守主義と言うべきかもしれないが、政治的にも宗教的にも特定の勢力に属するものではない。ご購読をお勧めしたい。

「致知」(致知出版社)という月刊誌を購読している。 “人間学を学ぶ月刊誌”と謳うこの雑誌には、各界の識者たちが自らの生き方を問い、日本と日本人の在り様について語る記事が満載されている。僕はその記事に心が救われ励まされることが多い。同誌は思想的には保守主義と言うべきかもしれないが、政治的にも宗教的にも特定の勢力に属するものではない。ご購読をお勧めしたい。

5月号に小野春子さん(82歳)の「それでも私は生きている」というインタビューが掲載されている。

小野さんは51歳の時に余命1ヶ月の乳癌であると宣告されるが回復する。しかし、それ以来、リンパ癌、狭心症、レイノー病、ベーチェット病、膠原病、気管支喘息、顎関節溶解、冠動脈梗塞、肋骨7本骨折等々、実に30以上の難病奇病に侵され続ける。しかも、ベーチェット病に由来するぶどう膜炎が原因で全盲となる。しかしその後、成功率0.5%、成功しても明暗が判る程度にしか回復しないと言われる手術を受けると、右1.5、左1.2まで視力を回復する。

彼女を検査したある医師から「小野さん、貴方は四、五年前に死んでいるはずだ。なぜ生きているんですか」と聞かれたことがあるというほど、命を保っていること自体が奇跡という方なのである。

そんな小野さんの日々は、ただ生きながらえているというものではない。各地で講演をし、電話や手紙で自宅に寄せられる様々な悩みを抱えた人々に助言し祈り続ける毎日なのである。

クリスチャンである小野さんは自問する。「本当に死んでいいのか、生きたいのか」。病というのは、ライフスタイルを見つめ直しなさいという神のお告げであり、病気は向こうからやってくるのではなく、自分がつくるもの。ならば、その原因となるやめるべきものを切り捨て、いいと思ったことは即実行するのだそうだ。

「一歩を踏み出す勇気とそれを続ける努力のみが自分の人生を変えるのです。その努力する力も自分のものではなく神からの賜物です」
多くの人間はそういう境地になれないのでは、というインタビュアーの問いに、小野さんは自分への拘泥を捨て、他者のために生きるという信念を持つべきなのだと語る。小野晴子さんが体現している奇跡とも言える病への向き合う姿勢に読者はどう考えるだろうか。

致知5月号の小野さんのインタビューは、「その位に素して行う」というタイトルの特集の一部として掲載されている。編集部の特集前文によれば、特集タイトルは孔子の孫、子思が著した『中庸』にある《君子は其の位に素にして行い、其の外を願わず》という言葉に拠っている。その意は、「立派な人物は自己に与えられた環境の中で、運命を呪ったり不平不満を言ったりせず、精いっぱいの努力をし、それ以外のことは考えない、ということである」

小野さんの生き方とはまさに「その位に素して行う」である。

死後の世界で煉獄の炎に焼かれることを覚悟し、それでも我欲のために生きる者は稀であるが、「他者のため」と安易に言葉を吐く傲慢と我欲に満ちた人は少なくない。もしかしたら僕自身がそうかもしれない、と今、自らを問うている。

僕が致知に出会えたのは、一昨年のビクトリア州ツアーに参加してくれた当時学生だった安藤君が致知出版社に入社し、購読を勧めてくれたからだ。その出会いに感謝したい。

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