記事閲覧
【江刺の稲】
能力ある非農家出身者にチャンスを
- 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
- 第193回 2012年05月18日
- この記事をPDFで読む
M君という懐かしい青年が訪ねてきた。なんだかいつもの元気がない。
アメリカに行っていたのは聞いていた。一昨年に10数年間勤めていた農業法人を辞めてアメリカに農業で生きる場を求め2年間カリフォルニアの野菜農場で働いたが、農場を開く夢は果たせず帰国したという報告だった。
埼玉県出身でサラリーマン家庭の出身であるM君は、子供時代から農業を夢見て、東京農大拓殖学科を卒業。就農の場所を求めて人づてに千葉県の先端的な水田造成をしたのをきっかけに組織された農業法人に就職。その法人では、就職して数年後に米国へ農業研修に行く機会も与えられ、さらに、日本にも10数台程度しかない大型クローラ(CATチャレンジャー)を導入してもらい、大規模な圃場での乾田直播に取り組む機会も与えられた。法人組織の現場責任者とはいってもその賃金水準のレベルは世間相場と比べれば低かっただろう。でも、M君はそこで12年間、乾田直播による大規模稲作という日本では数少ない体験を成長させてもらった。稲作だけでなく野菜作も含め貴重な現場体験を重ねてきた人物だ。
「チャレンジャーなんか買わせちゃって、その償却が終わるまで辞めるに辞められませんよ」
彼はその償却が終わったのを区切りにして農業法人を辞め、アメリカに渡った。以前からの伝を頼ってカリフォルニアの日系野菜農場で働き、やがてその農場を年賦で買い受けるという展望が見えてきた。しかし、即金で農場を買うという人が現れ、その夢は消えてしまった。
失意の内に帰国したM君の話を聞いていて、どうして彼のような経験も技術もそして何より農業に対する夢を持った人物を日本の農業は活かせないのだろうと思った。
我が国の最先端の研究者が日本の大学や研究機関に見切りをつけて米国の大学に職を求め、やがてノーベル賞級の研究者になる。あるいはやがて産業的に大きな成果をもたらす可能性のある研究者が日本を捨てるということがある。
以前、野茂をはじめとしてメジャーリーグにチャレンジする若い野球選手の足を引っ張っていた日本の野球界について書いたことがある。日本の小さな野球村の利益にしがみつく人々が村の掟を破るものに対するイジメであった。でも、それから数年経つと、日本野球のマイナーリーグ化はやむを得ないが、人々はメジャーに挑戦する者を拍手と共に応援するようになった。
農業界はさらにひどい。
「『餌米を作れば10aに8万円補助金が出る』などと普及員や農協職員に金で釣られ農業を始めた後継者が草ぼうぼうの田を作っている。あんな奴らは補助金がなくなればきっと消えるよ」と怒っていた読者がいた。まさに、農家という“利権”だけをもって無能で怠惰な者が補助金目当てに農業を始めるわけだ。でも、M君のような非農家出身の人にはそんなチャンスはない。
M君は30代後半。大型の農機を駆使しての農業、特に稲作に関しては経験が深い。英語も問題ないので、筆者もMade by JApaneseを狙った海外での大規模稲作経営を任せる現地技術者として活躍させられる場を探して見ようと思う。
読者の中でもそんな彼にチャンスを与えたい、あるいは経営を譲ることを考える方がおいでなら、筆者までご連絡願いたい。
M君。君のような人こそ農業への夢を捨てないで欲しい。
会員の方はここからログイン
昆吉則 コンキチノリ
『農業経営者』編集長
農業技術通信社 代表取締役社長
1949年神奈川県生まれ。1984年農業全般をテーマとする編集プロダクション「農業技術通信社」を創業。1993年『農業経営者』創刊。「農業は食べる人のためにある」という理念のもと、農産物のエンドユーザー=消費者のためになる農業技術・商品・経営の情報を発信している。2006年より内閣府規制改革会議農業専門委員。
江刺の稲
「江刺の稲」とは、用排水路に手刺しされ、そのまま育った稲。全く管理されていないこの稲が、手をかけて育てた畦の内側の稲より立派な成長を見せている。「江刺の稲」の存在は、我々に何を教えるのか。土と自然の不思議から農業と経営の可能性を考えたい。
ランキング
WHAT'S NEW
- 有料会員申し込み受付終了のお知らせ
- (2024/03/05)
- 夏期休業期間のお知らせ
- (2023/07/26)
- 年末年始休業のお知らせ
- (2022/12/23)
- 夏期休業期間のお知らせ
- (2022/07/28)
- 夏期休業期間のお知らせ
- (2021/08/10)