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また、構造改革というものは政策によっても、外圧によっても動きにくいのではないかという気もする。当事者である農家が「やめよう」と判断し、一方で「それなら始めよう」という人が現れ、徐々に世代交代や農地集約が進むしかないのでは?とも思う。
しかし、長島の話を聞きながら共感するところもあった。そのひとつが「農業者も変わる必要がある。だがそれだけではなく、日本の食文化を守り、原風景である農村を守っていく覚悟を国民が持っているかどうかも問われている」という一言だ。
「TPPで国の農業がつぶれることはない。EUを見ればわかります」(長島)。確かにグローバル化によってヨーロッパの農業、食文化、伝統が崩壊してしまったかというとそんなことはない。
「アフリカなどからの農産物輸入が増え、競争は激化しているが、一方でヨーロッパの人は自分たちの食文化を大事に守っている。それどころか食文化や食品は日本を始め各国に輸出され、各国で根付いている。グローバル化によって失われたものはない」
では、同じように日本人にも農業から始まる食文化や伝統を守ろうという国民性が備わっているか。
「TPPによって本当に農業がつぶれそうな事態になれば、農業を守ろうとする善意が働くのではないでしょうか。そうしたものが機能せず、国民が農業を棄てるとなればそれはこわいことです」
「確かに、首都圏に人口の半分、6000万人がひしめきあうような国はほかにない。しかもこの人たちは食べるものを何も作っておらず、農業を棄ててきた人ばかり。国民である限り、必ず一定期間は農業に就くという“農役”みたいなものがあってもいい」。
“農業にも変化を求められるが、国民も変化を受け止める覚悟が必要”という長島の言葉が印象に残る。一方だけに偏らないバランスのよさを感じた。
取材前、私は「TPP賛成派」としての長島をどうとりあげ、彼の考えをどう伝えるかばかり考えていた。それは愚かなことだと気づいた。
肝心なことはこれからの日本の農業をどうすべきかを考えることだ。長島はこの点に対し明確な意見を持っている。長島と異なる考えを持つ人もいるだろう。それはそれで議論を深めていけばいい。
消費税増税案が浮上するや否や、TPPの議論は急速に後退した。6月5日の改造内閣でも、TPP反対派である郡司彰氏を農相に任命するあたり、TPPへの政府の姿勢は腰砕けという感じもする。だが、こういう時こそ農業界ではTPPの議論を深めていくべきだ。TPPが話題にならなくなったら反対運動も下火、議論も尻すぼみになるようではそれこそ農業の衰退につながる。長島の意見をもとに議論をより深める場づくりを農業界自らがつくり、答えを出していく必要がある。(本文中敬称略)
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長島勝美 ナガシマカツミ
長島農園
代表
1972年生まれ。日本大学農獣医学部農学科卒業後の95年4月から、ドイツ・ミュンヘンで1年間の農業研修を受ける。帰国後、実家の農場を継ぎ、120種類の野菜を栽培し、地元の百貨店、生協、スーパーに6割、残りを東京、横浜および地元のレストランに販売している。経営規模は2.5ha。年間売上額約3,000万円。ドイツ人のフランチスカ夫人との間に二人の子供がいる。労働力は本人、夫人、両親と3人のスタッフ。
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