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人生・農業リセット再出発

スキヤキ

土佐藩から剣術修行の自費遊学を許可された18歳の坂本龍馬。江戸に到着して間もなく黒船の襲来に際して砲台のあった台場の湾岸警備隊に駆り出される。1853年6月3日、ペリー提督が最初に要求したのは鶏と牛だった。鶏だったら理解できるが、船で牛を飼うなどまったく不可解な国だといぶかしげに役人が聞くと、食べるためだと聞いて腰を抜かす。それから7年後、横浜港に異国人の食に応えるべく屠殺場ができる。
 やがて入船町の居酒屋、伊勢熊が発祥で一般の日本人でも食べられる牛鍋がはやり出し、文明開化の象徴としてちょんまげを切り落としたザンギリ頭の最先端文化人たちによって爆発的に広がっていく。

 明治天皇が臣下の大久保利通に勧められ、初めて牛肉を食べたのが明治5年1月25日。「ウシナベ」と呼ばれたものが牛を食べると表現するには抵抗があったのか、「スキ焼き」として浸透する。もともと武士や百姓が山野で野鳥などを捕らえ、耕作用の鋤の鉄の部分を使って肉を焼いていたことから「鋤焼き」になった。

 それから100年後、坂本九が歌った「上を向いて歩こう」がペリーの故郷であるアメリカでヒットチャートのトップに躍り出る。「スキヤキ・ソング」として世界的に流行し、スキヤキの名を不動のものにした。今日でも世界のどんなへき地に行ってもすぐに歌ってくれる楽曲になっている。

 国際線には世界中から様々な慣習を持った民族が乗り合わせ、まさに人種のルツボとなる。したがって、機内食も一様にはいかない。イスラム教文化圏をはじめとする民族は豚肉をタブーにしている。インドのヒンズー教では牛は聖なる神様の使いだから食してはいけないとされ、街の大通りを我が物顔で悠々と闊歩して自動車が避けて通る野良牛状態になっている。

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