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“被曝農業時代”を生きぬく

農地を未来に受け継ぐために 〜東電に勝訴するまで戦う〜

今、福島県大玉村の稲作経営者鈴木博之氏は、福島第一原子力発電所の事故による放射性物質で水田の土壌が汚染されたとして、東京電力に損害賠償を求める裁判を準備中である。これまで、原発事故をめぐり農家が提訴した例はない。鈴木氏の言い分は「先祖から受け継いだ肥沃できれいな土を返してほしい」というだけだ。(構成・佐藤成美)

1. 農地の放射能汚染の責任を問う~提訴に踏み切るまで~

 有限会社農作業互助会代表取締役の鈴木博之氏は、1976年に機械の共同利用と作業請負の任意団体を設立し、84年には法人化した。現在は、約13haの農地で米を生産するとともに、約30haの作業請負を行う。生産したコメは宅配や直売所を通じて消費者に直接販売をしている。「春陽」や「LGCソフト」など低タンパク機能性米の生産に力を入れ、そのコメを使った団子や酒などの商品開発も軌道に乗ってきたころ、福島第一原子力発電所の事故が起こった。地震や津波の被害はなかったものの、売り上げは激減。放射能に向き合う日々が始まった(図1)。そんな鈴木氏の姿は、昨年の12月にNHK「原発事故に立ち向かうコメ農家」で放映され、反響を呼んだ。


【作付制限を解除したのは、損害賠償請求を恐れて?】

 鈴木氏の水田のある福島県大玉村は、福島県の中通地方にあり、事故があった第一原発から60キロ離れている。それにも関わらず、県の土壌検査では、作付上限値5000ベクレルを超える放射性セシウムが検出された。「原発から離れており、ここまで影響があるとは思わなかった」と鈴木氏は驚きの色を隠せない。ところが、二度目の検査では、同じ地区内の別の場所で行った検査では、規制値をぎりぎり下回り、県は自粛を要請していた農作業を認めた。鈴木氏は「損害賠償請求を恐れて合格させたのかと勘繰りたくなる」と憤る。コメの放射性物質が暫定規制値を超えるかどうかは収穫するまでわからない。不安が募る中、田植えを行うことにした。


【罹災証明書も被災証明書も出ない】

 事故後、直売所での販売は80%も減り、既存客からのコメの注文も激減した。資金繰りも苦しくなり、やむなく、銀行に追加の融資を頼んだが、「罹災証明書か被災証明書がないと融資はできない」と追い返されてしまった。鈴木氏は、村に農地の放射能汚染を理由とした証明書の発行を申請したが、「前例がない」と被害の証明書は発行されなかった。そこで、証明書の発行を求めて、県庁、内閣府、原子力安全保安院などを転々としたが、どこへ行っても「たらい回し」。結局、地元の役場に戻されてしまった。

 「ようやく被災証明書が出たが、それは売り上げが減ったことに対するもので、土壌汚染による被災の証明書ではなかった」


【放射性物質は合法物質】

 鈴木氏は奇妙なことに気がついた。「放射性物質を汚染物質として規制する法律がみつからない」のだ。

 公害関係法では、放射性物質は規制されていない。「土壌汚染対策法」では、放射性物質は除外され、水質汚濁防止法でも「適用しない」となっている。環境法令の根幹となる「環境基本法」では、放射性物質は除外されており、放射性物質による土壌汚染・水質汚濁は、「原子力基本法」の定めに従うとされる。一方、原子力基本法など原子力関連法には、環境汚染を取り締まる内容はない。つまり、放射性物質を公害として規制する法律はない(図2)。放射性物質は合法物質なので、東京電力には除染義務も費用負担義務もないということになる。

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