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編集長インタビュー

非農家出身の新規参入者だからコメ農業にイノベーションを実現

  • 株式会社穂海 有限会社穂海農耕 代表取締役社長 丸田洋
  • 第92回 2012年08月10日

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昆 福田さんからも聞かせて。

福田 私はもともとみつひかりの育成元である三井化学で働いていまして、グループ企業のアグリビジネスの勉強会にずっと参加してたんですね。そこで最後に出た結論が、「現在の農業は産業にはなってない。だから今、農業に参入すると絶対に失敗する」でした。でも私としては、今が時代の変わり目であると考えていたので、産業としての農業に取り組んでみたかったんです。そんな時、丸田さんに出会って、「僕はライスメジャーになりたい」と言われたんです。最初は「何言ってるの?」と首を傾げたんですけど、面白そうだから賭けてみようかなって。

昆 会社に参加したのはいつから?

福田 会社を立ち上げたのが2011年の6月で、実際に入ったのは9月です。最初は、どんなビジネスモデルを組めば会社として回るのか、という議論に時間をかけました。まず私が思ったのが、数字が不明確だなと。会社に入って、いろいろな方の決算報告書などを見せてもらっても、経営の仕組みがよく分からなかったんです。お米が売買された値段とか、聞いても感覚的な数字しか出てこない。これでは経営の方向性も出てこないなと思って、細かい聞きこみを始めました。

丸田 こっちとしては根掘り葉掘り聞かれて、正直、「面倒くせえな」と思ってました(笑)。

福田 そうしたうえで、機械の数はどれぐらいが適正か、ランニングコスト以外の減価償却のバランスはどうあるべきか、いろいろなシュミレートをしたんですよ。最終的に「みつひかり」のメリットを数字でプレゼンすることができたんですね。私自身、農業をほとんどやったことない立場なのに、銀行や外部の方に向けて説明ができるようになったのは大きな収穫でした。

丸田 金融機関からお金を借りるために事業計画からしっかり作る必要があった。福田さんと数字を分解して、「こうすれば絶対に儲かるはずだ」「これでこういうことをやればこれぐらいの利益が上がるはずだ」とシュミレーションを作れるようになりました。株式会社穂海を立ち上げる時には、それこそ2、30ページに渡る事業計画書を作りましたから、それを読めば外部の人も納得してもらえる土台が作れた気がします。

昆 会社は二つあるわけですね。

丸田 最初に設立したのが、有限会社穂海です。それを水稲の栽培や作業受託業務する農業生産法人に特化するため、穂海ブランドは残して、農耕をつけて「穂海農耕」にしました。もうひとつが昨年立ち上げた株式会社穂海。こちらは農地を全く持っていない卸売会社に近い農業法人です。具体的には、米穀や青果物の集荷・販売、米穀の農産物検査、あとは情報の収集や供給、コンサル業。

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