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新・農業経営者ルポ

あきらめず、自負心を持ち続け、たどり着いた干拓地での大規模経営

Uターン就農がまだ珍しかった1996年に稲作を始めた。規模拡大を目指し、韓国最大の財閥、現代グループが開発した瑞山干拓地に入植。現在は200haを超える規模で稲作経営を行なう。一時は法人解散の危機に瀕しながらも、帰農者の意地とプライドで法人を率いてきた。全国の稲作農家をまとめる組織の会長にまで上り詰めた経営者の心意気とは――。取材・文/青山浩子 撮影/加藤祐子

 瑞山(ソサン)干拓地。ソウル市から南西に車で約3時間のところにある。韓国最大の財閥、現代グループ(現代建設)が造成したことでも知られ、農地面積は1万haに及ぶ。

広大な水田をひたすら走りぬけ、事務所に到着。約束時間に少し遅れたこともあり、恐縮しながら「すみません。日本から取材に来ました」と挨拶。林鍾完(イム・ジョンワン)さんは笑顔を見せつつ少しこわばった表情でテーブルについた。
 『農業経営者』の説明や取材の主旨など詳しく言いたかったが、どうもそんな雰囲気でもない。取材の主旨を簡潔に説明し、早速この干拓地に入植したきっかけから尋ねると、「○年に入植し、○年に乾燥・調製施設を建てて…」と立て板に水のごとく。下調べが不十分だったこともあり、話についていけなかった。

 林さんは瑞山干拓地営農組合法人の理事の1人。林さん以外に理事4名(1人は代表理事)と監査1名がいる。だが、林さんが差し出した名刺には「韓国米専業農中央連合会会長」とある。今年から兼務になったという。「韓国米専業農」とは稲作農家の権利を守るため、政府に要請を行なったり、提案をしたりする生産者の全国組織だ。会長のメンツか威勢を見せたのかもしれないが、ぎこちないまま取材を進めていった。


大規模農業を目指し干拓地に

 林さんは瑞山の近く、洪城(ホンソン)の出身。親は農業を営み、本人も地元の農業者大学校農業機械科を卒業したが、ソウルに上京。長らく子供たちの学習塾を運営していた。洪城に戻って農業を継いだのは1996年。「年をとった両親の面倒を見ることになったのでUターンして農業を始めた」。

 農業で食っていくと決めた林さんは、農地を買い増して規模を広げていった。当時、ウルグアイ・ラウンド交渉後のWTO体制に入ったばかりだったが「そんなことを気にする余裕もなく、(規模拡大して)上に行きたいと思うだけだった」。

 瑞山干拓地への入植の話が舞い込んだのはそれからしばらくしてから。瑞山干拓地は現代グループの創業者、故・鄭周永(チョン・ジュヨン)氏の肝いりで79年から工事が始まった。干潟の広がる湾を干拓によって埋め立てた。84年に最終の潮止め工事を終え、86年からそのまま現代グループが直営で稲作を始めた(最終工事の完了は95年)。全体で1万5400ha、農地面積だけで約1万haを造成。ところが経験不足が災いし、計画通りには進まなかった。反収300kgもとれない水田もあり、結局一部を残し、農家への分譲を決めた。だが、農地価格が特別安いわけでもなく、応募者がなかなか現れなかった。

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