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特集

未来を拓く稲作のイノベーション〜播種・移植の多様な選択肢〜

農業を何でも暗く評価する行政関係者や農業経済学者たちの間では、農地の集積が困難で規模の拡大ができないと言う。確かにそうした傾向もあるが、本誌読者、とりわけ若い後継者の育っている経営では、「高齢化の進行により後5年もすれば何もしなくても100ha、200haという単位で農地は集まってくる」と将来へ明るい展望を持っている。むしろ、そうした構造変化に対応できる水田機械化体系の確立という課題を抱えている。単に直播を導入すれば解決できると言うほど簡単な問題ではない。本誌では本特集をきっかけに、我が国の水田イノベーションの課題を取り上げていきたい。(取材・文・まとめ/松田恭子・加藤祐子・昆吉則)

introduction 

【技術革新としての水田機械化】

 本誌では創刊以来、水田へのプラウ耕の導入に始まり、レーザーレベラやバーチカルハローの導入を前提とした無代かき移植や乾田直播に取り組む農業経営者の技術を紹介してきた。加えて、排水改善のためのサブソイラやプラソイラ、さらには粗耕起のためのスタブルカルチなど、畑用作業機の水田での利用を勧めて来た。トラクタ導入以来のロータリ体系は、浅耕、過剰砕土、低速作業などの問題があり、それでは増収や規模の拡大に限界がある。

 作業幅の拡大や高速化あるいは高馬力化だけでは、水田経営(稲作経営)の技術革新にならない。直播は行なわずともレベラを導入して無代かき移植をする経営者も増えた。無代かきこそが技術革新なのである。

 播種機もメーカーの開発成果は、乾田直播、湛水直播を問わず揃ってきた。さらに直播向き水稲品種も官民で育種が進み、除草剤も登録が拡大されてきた。我が国での直播導入による経営規模拡大とコスト低減の可能性が見えて来たのだ。

 それは本誌読者に代表される経営力と技術力、さらにチャレンジ精神にあふれた農業経営者たちが自己責任で取り組んできた試行錯誤と強い意志によって見えて来た地平である。さらに、それに呼応する限られた農機メーカーと研究者や普及員の強い支援と協力もある。しかし、まだ様々な課題を抱えている。

 ここで紹介する経営者の多くは、スガノの日本的条播機にバーチカルハローを組み合わせたバーチカルハローシーダで乾田直播を始めた人が多い。さらに、鋤柄農機のV溝直播機、ジョーニシの乾田直播機、ロータリーシーダ、ドリルシーダ、1粒点播を目指すニューマチックシーダなどでの乾田直播が試されている。とはいっても、降雨や水利条件などで乾田直播ができない場合に備え、田植機改造型の湛水直播機やラジコンヘリによる湛水直播も通常の移植に加えて利用している。


【農業経営者だから可能なこと】

 すでに我が国でも経営主体としての農業経営者が農業をリードする時代になっている。にも関わらず、農政と農業技術開発は、むしろ日本農業のイノベーションを押し止めるかのような状態が続いてきた。

 昭和40年代以降の稲作機械化は、トラクタに始まり、田植機、バインダーあるいはコンバインの普及によって兼業化を可能にした。経済発展と高米価政策によって農家は豊かになった。しかし、その一方で、農家というより、水田を持つ勤労者世帯というべき多くの兼業農家が稲作を止めず、我が国の産業としての稲作農業の発展を阻害してきた。もっとも、経営収支を無視した稲作経営というより高齢者の趣味的な小規模稲作りも限界に来た。いよいよ高齢化が進み、信頼される経営なら幾らでも農地が集まる時代がやってくる。そうなった段階で技術手段を考えていたのでは遅いのである。


【稲作の創造的破壊を目指す】

 直播に関して農業関係者の多くは「新たな機械を導入しなければならないのでむしろ高コストになる」などという。それは役人や学者の発想である。ほとんどの経営者は乾田直播を中心に研究していても、無代かき移植や湛水直播にも取り組んでいるのである。コストの低減を考えることは当然であるが、風土条件や様々な経営条件の中で生産力を最大化することを考えるからだ。さらに、農業に限らず経営者あるいは事業的視点とは、仮に現在以上に投資が必要となっても、それで実現する事業の可能性を追求する。そして、その投資分をどのように回収するかを考えるものだ。トラクタやプラウ、バーチカルハロー、スタブルカルチ等だけでなく、ドリルシーダなどの播種機や防除機なども麦や大豆、加工用ジャガイモ等に利用することで償却し、乾田直播水稲で6000円台の低コスト化を図っている経営者もいる。さらに関東以南の経営者では、ミツヒカリのような多収で超晩生の水稲を栽培し、収量で利益を出すだけでなくコンバインや乾燥調製施設の償却を早めるなど経営の工夫もある。誰にでもできる農家という暮らし方ではなく、優れた農業経営者だから可能な水田経営というものがあるのだ。そして、必ずしも規模拡大を目指すのではなく、これからの日本社会に求められる多様な農業経営を創造できる農業経営者たちを含めて、やがて水田利用のプロとして数百haから千ha規模の水田経営も、読者の中からは出てくるはずだ。

 8月末から9月にかけて、直播に取り組む青森、島根、鳥取、岡山県の読者を訪ね、改めてコメ農業に未来を感じた。様々な挑戦をしながら収量も品質も利益も高めている若い経営者たちに出会ったからだ。

 この水田農業の変化を、農業界の話題に止めるのではなく、卸業者や需要者を含めた日本の水田農業のイノベーションに結び付けるべく、本誌は読者の皆様とともに取り組んで参りたい。(昆吉則)

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