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新・農業経営者ルポ

他産業の成長が農業経営の可能性を広げる


 大きく借地をしてすでにコメの売り先も持っていた知人が、農業を止めることになり、一郎にその借地とお客さんの面倒を受け継いでもらえないかと頼まれたのである。前からその人の仕事の一部を手伝う仲だった。祖父の代に導入した乾燥調製施設を含めて機械導入も進めていたが、何より一郎の人柄が、地主やコメを買ってくれるお客さんたちにも信頼されると判断されたのだろう。

 それをきっかけに一郎は、約12haの水田をコメの直売ができるお客さん付きで手に入れたのである。これが黒野家の本格的な稲作経営の始まりだった。

 秋に農協や卸に玄米を出荷し、まとまったお金を手にできればこそ成立する農家。自ら直売するとなれば、見込みだけで取り組める仕事ではない。それが「お客付きの農地」が手に入ったことは幸運だった。その幸運を呼んだのは、父、一郎の人と争わず、相手や地域を思いやる人柄の賜物だというべきなのだろう。幸運とは人が招き寄せるものなのだ。

12年前に法人化した際に、父と母がつくったはっぴー農産の企業理念が事務所に掲げられている。
 「都市や地域に暮らす人たちの為に豊かな自然を提供し、皆さんの交流の場となるように心豊かな農業を目指します」

 はっぴー農産は、都市近郊の工業化が進んだ地区の農業であることを明確に意識している。農業法人の掲げる企業理念に「都市」という言葉が入っている例は珍しい。都市、そして地域に暮らす人たちの為になる農場を目指す。それを前提とした謙虚で真摯な一郎の生き方を、そして工業化が進んだ地域であればこそ、一代前に新参者として村に来た黒野家を地域は必要としたのである。

 同地区の地代は1反1万円程度と安い。5畝以下ならタダでもよいから借りてくれないかという話もある。しかも、土地改良費の負担はもとより水利まで地主持ちだというのだから恵まれている。それも、産業化が進み、人々に仕事があるからのことだ。北東北などでは、いまだに地代が3万円もするところもある。そこでは農地を売れば安いが、農家の働き先がないため、借地代が高くなるのである。農業のためにこそ他産業の成長は必要なのである。


農協とけんかするわけでもなく

 父、一郎は、誰とでも誠実に関わり、敵を作らない生き方をしてきたという。しかし、だからといって、保守的な人間関係の中に閉じこもっているわけでもない。様々な異業種交流会などに出席して、積極的に人脈を広げることを大切にしている。だからこそ農協とけんかするわけでもなく、良好な互恵関係を作り上げ、柔軟な経営体系が形作られてきた。

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