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【江刺の稲】
バブルの交付金を君はどう使う?
- 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
- 第199回 2012年11月14日
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ここで語られる転作に対する交付金以上に、まさにバラマキと言うべき「直接所得補償政策」に伴う各種交付金の法外さを一般メディアや国民が知るところになれば、それに対する批判は、さらに厳しいものになるであろう。そして、国民の農業に対する共感も冷めていく。
土地利用型経営で相対的に耕作規模の大きな人が多い本誌読者からは怒られるかもしれないが、お目にかかっている読者の少なからぬ人々は、通帳を見ながらニヤニヤしつつも、その危うさを感じているようだ。
本誌読者であれば、数千万円レベルも珍しくはなく、中には億に近い額に達する人もいる。筆者に言わせれば文字通りの交付金バブルだ。
もっとも、そういう制度ができたのであれば、経営者として収入を最大化する手段として利用することは自然なことだろう。しかし、ほとんど趣味というべきレベルの農家にまで“所得補償”という名目で金がばらまかれ、本誌読者のような農業経営者にとっても、農業経営の本質を見失わせるレベルでそれが行われるのは、絶対に間違いであると考える。そして、こんな制度は長くても数年にしか続かない。
金額において群を抜いているのは、飼料米に対する10a当り8万円の交付金。ワラも流通させれば1万3千円の加算金が付く。畜産業者が卵の黄身が白くなり、豚肉も赤味が薄れるようなコメ由来の飼料を、補助金が出なければ欲しがるのだろうか。ましてや、この交付金は消費者にどんな利益をもたらすのか。
その他にも、交付金目当てに捨て作り状態になっているソバ。その結果は、雑草化でその処理に苦労することになるだろう。そして、ソバの販売価格は暴落している。
需要が減少すればこそ加工工場が統廃合されている澱粉馬鈴薯に対する交付金も問題だ。馬鈴薯に対しては、冷凍コロッケやフライドポテトあるいはポテトサラダなどへの新規需要がある。筆者自身、北海道内各地の産地へ働きかけの手伝いもした。しかし、将来展望のない澱粉用馬鈴薯に対する交付金が生産者の経営改革意欲を削ぐ結果になっている。70年代にカルビーが澱粉馬鈴薯産地に働きかけることから始まった加工用馬鈴薯生産は、今では馬鈴薯で最も収益性の高い作物になり、所得補償を受ける必要もないではないか。澱粉用だけでなく生食需要も減少している。それにもかかわらず、アメリカから冷凍フライドポテトの輸入量は生イモにして90万t以上にもなっている。それに対して競争力を持つためには、新たな新規商品開発を伴う加工業との連携と、それを実現するためのチャレンジが必要なのである。そのチャンスを今回の交付金が奪っている。
我が国の農業制度は、農業経営者が経営者としての誇りや技術や知識やマーケティングセンスを身につけることより、行政書士のような才覚に長けることの方が役に立つようだ。読者諸氏が今回の交付金を未来への投資に差し向けられることを願う。
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昆吉則 コンキチノリ
『農業経営者』編集長
農業技術通信社 代表取締役社長
1949年神奈川県生まれ。1984年農業全般をテーマとする編集プロダクション「農業技術通信社」を創業。1993年『農業経営者』創刊。「農業は食べる人のためにある」という理念のもと、農産物のエンドユーザー=消費者のためになる農業技術・商品・経営の情報を発信している。2006年より内閣府規制改革会議農業専門委員。
江刺の稲
「江刺の稲」とは、用排水路に手刺しされ、そのまま育った稲。全く管理されていないこの稲が、手をかけて育てた畦の内側の稲より立派な成長を見せている。「江刺の稲」の存在は、我々に何を教えるのか。土と自然の不思議から農業と経営の可能性を考えたい。
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