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危機に直面する伝統産地 そこにある問題と可能性

電照菊(その3)情熱の足跡


 小久保氏は「1対9」という方向を定めている。そして個人の経営の中で、マーケットを基軸にした経営を展開できる後継者を育てている。

 彼の背中が語りかけてくるのは、まさに産地を築くのは農業経営者自身ということだ。国や県、JAではありえない。これらの組織や団体ができることは、あくまで彼らに寄り添うことだけだろう。小久保氏自身、渥美半島を離れて見えてきたことは、「産地も経営も自力か他力か」と言っている。このことを深く自覚できる経営者がどれだけいるのか、そして同じ思いを持つ同志をどれだけ育てられるかが、産地としての強さにつながる。

 取材を終えての別れ際、研修施設の前に一台の車が止まった。中から2人の若い女性が降り、小久保氏と妻の千代子さん(60歳)のところに駆け寄ってきた。ともに中国人の研修生で、2年間の研修を終えて数日後に帰国するという。翌日から長期出張する小久保氏に別れの挨拶に来たのだった。

 「日本のお父さん、お母さん、本当にありがとう」「仕事だけでなく、沢山のことを教わりました」。高ぶる感情の中から絞り出すように、そう感謝を述べた2人の眼元には涙が浮かんでいた。彼女たちの言葉はほかの研修生の声を代弁している。

 取材の合間、小久保氏に経営者にとって大切なことを問いかけてみた。「私欲ではなく志だね。それがあれば、後に人はついてくる」。つまるところ、経営も産地も行き着くところは人であるということか。

 晩秋の夕暮れが迫る山里を縫って走る帰りの電車の中、二つの産地の興隆に携わってきた彼の軌跡をたどりながら、この言葉を何度も思い返していた。

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