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新・農業経営者ルポ

最高級ぶどうでMade by Japaneseを目指す小さな農家の大きな挑戦

芳醇な香り漂う巨峰のスパークリングワイン。ほのかに甘酸っぱい大粒巨峰の半生干しぶどう。農業経営は追求すればどこまでもクリエイティブな世界だ。その構想力を発揮して、世界に羽ばたこうとしている農業経営者がいる。浅間山麓に位置する地域社会の真只中で、小さなぶどう栽培農家として最高品質の巨峰生産と販売に励んできた渡邉隆信(54歳)。自分の農園で作った作物を自分で売り、直接お客様と関わる。通常の事業会社と同様、ブランドを意識し、中期計画も資金計画も作る。伝統的な農家らしくないスタイルを、農家になった日以来、踏襲している。若き日の経験から得たグローバルな視野を土台に、海外進出を目指すぶどう農家の熱い志を取材した。取材・文/高橋元美・昆吉則。撮影/昆吉則。写真提供/(株)秀果園

 「日本の農業のソフトとシステムを世界に向けて売る企業になりたい。」――巨峰の名産地、長野県東御市でぶどう栽培農園「株式会社 秀果園」を経営する渡邉隆信(54)は朗らかに語る。「ソフトとシステム」とは、優れたぶどう作りの技術指導から流通、そして消費者への直接販売までのトータルな農業サービスのことを指している。

 代々、信州でぶどうの王様と呼ばれる巨峰作りを営んできた家系に育った。自身も家業として約10年にわたり、ぶどう作りと販売に取り組んできた。しかし、付加価値の高いぶどう作りを突き詰めれば詰めるほど、超一流の職人レベルに自分は決して達することができないと悟った。同時に、自分が本当にやりたいことは、巨峰づくりの究極の技術を追い求めることではなく、優れた技術が生かされたおいしいぶどうを作り、消費者に知ってもらい、食べて喜んでもらうこと、つまりぶどうの生産から、仲買、販売までを一貫して行う会社として、ビジネスを成功させることなのだと渡邉は言う。

 昨年11月、秀果園はタイのバンコクに念願の事務所を開設し、海外進出への足場を固めた。タイの超富裕層という絞り込んだニッチターゲットに向けて「高級果物の旗艦店」を開き、日本のおいしいぶどうを売るためだ。タイは東南アジア市場のハブになりうる国であり、将来的には、タイからインド、フィリピン、中国への進出も視野に入れている。

 タイのマーケットはわからないことだらけで心配がないわけではない。しかし、現地に事務所を作るということで、本気で海外に取り組む意思を表明した。これまでも何度も失敗を重ねた。その経験が渡邉の心配をかき消し、「やりたいこと」にむけた情熱を下支えしている。後には引けない状況を自ら整えてしまったと言っていい。

 「口に出さないとやりたいことは実現しないです。やりたいことがあるから未来が見えてきます。そして、やりたいことがあるからこそ問題も出てくるんですよ。要は、それをどのくらいの時間をかけて、どうやって解決していくか、ということだと思うんです」と、柔和な笑顔の下に粘り強いチャレンジ精神をのぞかせる。


フィリピンという原点

 そもそも渡邉が農業に職業として関わり始めたのは19歳の時、実家のぶどう農園にフィリピン政府から巨峰づくりの技術指導者を送ってほしいとの依頼があったことに始まる。それを受けて1980年、単身ラグナ州のカンルーバンに渡った。当時はマルコス政権の全盛期だった。マルコス派が所有する0.3haの実験農場で、土づくりから始めた。

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