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新・農業経営者ルポ

僕らの景観を、素敵と思ってくれる人は、きっとどこかにいるはず

ある時、北海道根室市の若い酪農家5人が、互いの牧場に多くの人々を引き寄せる景観があることに気づいた。それから10年。同地は田園や海岸の景観を楽しみながら気ままに歩く「フットパス」のメッカとなった。関連してレストランやカフェ、酪農教育ファームを開くなど、農業の新たな可能性に向けて夢は広がるばかりだ。中核的な存在である(有)伊藤畜産代表の伊藤泰通(48)を通して、道東に生まれた農村経営者の群像を描きたい。撮影・取材・文/昆吉則・窪田新之助 写真提供/(有)伊藤畜産

フットパスのメッカ

 ところどころ雪に覆われた草原が大きく波打っている。途中にある立ち並んだナラやシラカバは、もう春だというのに寒々としていて、いつ葉を付けるとも知れない。それでも時々晴れ間が覗いて日が差すと、躍動感を持った草原は色めき立つようになり、枝の隙間の向こうに限りない大地が広がっていることを想像させる。

 「どこまでも歩いてみたい」。ここはそんな気持ちを起こさせる北の大地なのだ。牧草が青々と繁る頃になれば、そうした旅人の気持ちを一層高ぶらせることだろう。

 日本最東端を走るJR根室本線の厚床(あっとこ)駅から徒歩90分。駅から4時間ほどかけて歩くモデルコースの途中にある伊藤畜産の牧場とその付近は、国内初となるフットパスの生誕地である。

 フットパスとは、歩くこと(FOOT)ができる小道(PATH)のこと。発祥は英国で、特に農山漁村や古い町の景観を楽しむため設けられた遊歩道を指す。聞きなれない言葉かもしれないが、道内だけでも100以上のコースがすでに用意されている。

 根室市には伊藤牧場を通る厚床コースのほか、現役の鉄道橋や秘境駅を巡る初田牛(はったうし)、海岸線に沿った別当賀(べっとが)といったコースがある。

 年中問わず、おしゃれなアウトドアの衣装に身を包んだ若者たちが通り抜けていく。途中でタンチョウ鶴やエゾ鹿、蝦夷リスなどとの出会いを楽しみながら。取材当日、釧路市から牧場を訪れていた20代の女性は「よく来るんです。ここに来るとホッとするんですよね」と話していた。


自己完結型の仕事を目指し酪農へ

 年間2000人が訪れる根室のフットパス。それを仕掛けた伊藤は、家畜商を主業とする酪農家出身。だが、当初は父親からその事業を引き継ぐつもりはまったくなかった。だから隣町の別海高校を卒業後、札幌学院大学に入学する。後継者として期待する父親には、合格通知が届いた後、大学を受験していたことを告げた。

 大学で学んだのは心理学。現代人の心に関する卒論を書きながら、思っていた。「閉塞的な現代において、都会の人ほど癒しの空間を求めるようになるのではないか」と。

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