ナビゲーションを飛ばす



記事閲覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加はてな
  • mixiチェック

新・農業経営者ルポ

僕らの景観を、素敵と思ってくれる人は、きっとどこかにいるはず


 そんなに自慢するならと、それぞれの牧場を回ってみた。そこで5人は感動を新たにした。そしてひらめいた。

 「農家の私たちでさえ感動するのだから、都会の人はもっと感動するに違いない」「自分たちだけのものにしておくのはもったいない。よそから来る人たちに牧草地の中を見せてあげないか」

 むろん牧場には車で入れない。だから歩いてもらうしかない。でも、むしろ歩く速度であればこそ、自然は何かを語りかけてくるはずだ。



エゴイズムにならない主張

 当時、メンバーの小笠原はある懸念を抱いていた。国政でインフラ事業を費用対効果で評価する向きがあることだ。道東の端にある人口が少ない根室市は、真っ先に永田町や霞ヶ関から忘れ去られるのではないか。仲間うちで一人だけUターン組でなく、ずっと地元を見つめ続けていた彼にとってはそれが心配だった。ただ、ハード事業が削られる中、その必要性を声高に叫ぶのは意味がないように感じた。同じ思いだった伊藤は語る。

 「エゴイズムにならないように主張することが大事ではないか、と。ここに来て、心地の良い場所であると感じてくれた人たちは、自然とこの土地を大事にしないといけないと思うはずでしょ。それも農業をしているからこそ、こうした空間が維持されていることを、感覚的に分かってもらえるようにしたかった。時間はかかるけれど、そっちの方が有効だろうと思ったんだね」

 03年、フットパスを設ける事業が始まる。このとき伊藤らは、全国80以上の農学系や建築系の大学にワークショップでの協力を求めた。初年度は8大学から20人の学生が駆けつけ、歩道を造るとともに、地域の自然や歴史、産業を専門家から学ぶ。最後には報告書を作ってもらい、それらをまとめて参加者全員に配った。これを3年間続けた。最終年に参加した塩津朋(29)は、この土地の風土に魅了されて居つき、今や伊藤牧場の社員である。

 多くの人々の思いを込めて完成させた全国初のフットパス。その入場料は、マップ代として1人当たり200円。企業がツアーで使う場合だけ、歩道の整備協力金として同300円を加算する。また、冬季の景観も楽しめるよう、雪上を滑るスノーシューを貸し出している。

 年間の訪問者2000人で計算すれば、売り上げは最低40万円にしかならない。しかし、伊藤たちはそれで納得している。求めるのは収入ではなく交流だからだ。

 「農業は地味じゃないですか。ここで淡々と酪農するだけだったら、これほど多くの人に会えることはない。でもフットパスがあるから、映画やテレビのロケの撮影現場なんかで使われ、地域にスポットが当たり、あちこちから来てもらえる。それが我々にとっては喜びなんです。時々、『どうしてこんなことをやっているのですか』と聞かれることはあります。そんな時、僕たちはこう答えるようにしているんです。『だって、あなたが来てくれたじゃないですか』ってね」

関連記事

powered by weblio