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江刺の稲

政策ではなく経営者の実践が未来を拓いてきた20年

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第204回 2013年04月12日

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本誌が創刊された1993年は、その年の12月、当時の細川護煕総理大臣が深夜にガット(「関税と貿易に関する一般協定」)のウルグァイラウンドでの「コメの部分開放」をする旨の記者会見を開いた年だと言えば時代状況を思い出されるだろう。さらに、同年は北海道や東北では、“戦後最悪”と形容された冷害に見舞われ、タイなどから大量のコメを輸入した年でもあった。輸入された最高級の長粒種は消費者の不評を買ったというオチがついた。

それに先立つ数年間、農業界はウルグァイラウンド農業合意への猛烈な反対運動を展開し、国会では「一粒たりとも米は入れない」という決議が都合3回も全会一致でなされたりもした。もっとも、沖縄ではそれ以前から泡盛の原料としてタイから米は輸入されていたわけで、そもそも“一粒たりとも”ということ自体が政治のまやかしだった。

この20年間を振り返ると、農業経営者たちの活躍が文字通り日本農業をリードするようになったが、その反面で農業団体がリードする農民運動の体質は少しも変わっていないような気がする。

山下一仁氏が“おばけ”という反対派が巻き起こした恐怖を煽る反対戦略は、多くのメディアや農業の未来を考えるのではなく農協票にすがる政治家たちによって政治的効果を得た。それは、TPPが「例外なき関税撤廃ではない」という当たり前のことを米国大統領まで巻き込んで総理大臣に確認させ、とりわけ農協にとって肝心なコメを“聖域化”させようという狙いだ。

TPPが国会で批准されたとしても、最低でもそこから10年間の猶予期間があるのだ。政府はコメと砂糖をセンシティブな品目として扱い交渉を進めるとの見解を示している。砂糖はともかく、コメあるいは10年後の水田農業経営は十分にその地位を守り続けることができると思う。

本誌には北大東島で大規模なサトウキビ栽培に取り組むU氏という親しい読者がいる。これまで4回も彼の島を訪ねたことのある筆者は同氏の不安をよく理解できる。コメなどと違い、そのまま関税が撤廃されれば専業農家ほど壊滅的打撃を受けることになるこうした作物に関して、交渉の中身だけでなく政府は特別な国内的配慮をするはずだ。とはいえ、最後は経営者自身と当該産業のリーダーたちが自らの未来を切り開く努力にかかっている。

今回の特集のために若い水田経営者の座談会を開いた。彼らは親世代を超える経営観を持っている。しかし、その一方で、地域によっては政策や制度あるいは農業組織の問題というより、地域のボスのような人物による古い論理に基づく妨害を受け、それに苦しんでいるような話も聞いた。でも、彼はきっとそんな横槍をはねのけて未来を拓くだろう。

食糧管理法は正式には95年に廃止されたわけだが、政策が変わったから米流通が変わったわけではない。政策が現実を追認しただけなのである。農業政策は政治や農民運動でではなく、農業経営者たちが作る現実と国民の要求が変化させるのはこれからも同じだろう。

そして、今月も取り上げた農村の風土を含めたその全てを経営資源として事業を作り上げていく「経営者」という存在は、農業・農村のためだけではなく、現代という社会が求める存在である。日本農業のイノベーションをテーマとする本誌では、今後それを重要テーマのひとつとして取り上げていきたい。

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