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特集

1反歩で喰えない奴は何百町歩やっても喰えないのだ(勝部徳太郎)



【いいものを作っても、多くの人に知ってもらわなければ売れない】


河合は静岡大学農学部(農業経営学)を卒業後、サラリーマンにはならず、温州ミカンとコメを作る実家で就農した。28歳で父親から温州ミカンの栽培を引き受ける。すでに若年層を中心に温州ミカンの消費が減退していたため、将来のことを考えて90年からレモン栽培の試験を開始、95年から販売を始めた。

それから無農薬の技術を追求する。横並びにある周囲の農家からは「けしからん」「おまえみたいな若造が」と難癖をつけられた。それでもめげずに望んでいた技術を確立。出荷先だったJAから東京青果(株)、仲卸業者を通じて、無農薬レモンを東京にある高級スーパーにも販売することになった。幸先良しとみえた。でも違っていた。

自身のこれまでの足跡をまとめた小冊子「無農薬レモンで成就する初恋」に、レモンを売り始めて5年目の自分をこう揶揄(やゆ)している。

「負け犬」
00年2月、青山のスーパーに卸す分の取引価格を突然半値にされる。理由を問い質しに上京すると、仲卸の担当者にあっさりとこう言われた。
「河合さんのレモンと国産エコレモン(減農薬)の違いが分からないと、スーパーのバイヤーに言われたから仕方なく値を下げた」 小冊子に当時の心境をこうつづっている。

無農薬と減農薬栽培が同じ土俵かよ? と頭の中を言葉が横切った。仲卸の担当者にも会いに行ったが、出荷前に説明したレモンの違いをまるっきり覚えていないことに気が付いた。ここでも、やはりこの人たちに頼って販売している自分が情けなくなり、何か言う気力も失せてしまった。オリジナルの技術で一生懸命作った無農薬レモンが多くの人を介することで、へたをすると外国産レモンと同じになってしまう。レモンはレモンなんだ……とひとりつぶやいた。(中略)その年は半値の価格で少ない数をきっちり出荷した。これは途中で投げ出さない姿勢を相手に見せるのと、またこの土俵には絶対に戻ってこないという決意の表れであったと当時を振り返って思う。その土俵には消費者も生産者も入る余地がない閉ざされたものだということに、やっと気づいたのであった。そしてもう一つ、自分自身が完全な負け犬だと言うことも。

「いいものを作れば売れる」。周囲の農家から聞いてきたその言葉に反して、無農薬レモンは自分が期待した価格では売れなかった。それどころか再生産価格にさえ届かない。

上京した帰りの新幹線。河合は自身ではどうにもならない事態に打ちひしがれた。車窓の向こうには2月の寒空が広がっていた。
自然と調和したものを評価できる人がいないのではないか? 品質というのは自分たちが売りやすく儲かる品質で、絶対的な価値観などないのではないか? こうしたことを自問自答する中、やがて発想の転換が起こる。

「いいものを作っても、実は多くの人にそれを知ってもらわない限り売れないのである」 こう覚悟した河合はすぐにホームページを立ち上げる準備に取り掛かる。自力でレモンを売るためだ。そして物語が始まった。

園地での労働を終えると、毎晩、机に向かってホームページを開設する仕事に取り掛かる。その方法を本で調べながら、同時に栽培過程の画像を1年かけて撮りためた。当時を「現場と机上の二足のわらじは人の3倍の労力なのだ」と振り返る。

そうした努力の末にようやく完成したホームページ。そのアクセス数は、1年目3000、3年目1万、それ以降は1万2000、ここ数年は2万と順調に伸びている。効能やレシピが分かるからだ。客の多くが、健康や美容との関係性で河合果樹園のレモンを求めているのである。そのことでこんな裏話を教えてくれた。

農家にとってはそこで扱われることがステータスになるほどの、東京にある高級果物の有名販売店から河合に声がかかった。でも断った。 「だって、うちで売った方がブランド力がありますから」

確かに、購入した客から次のような声が届いていると納得である。

「まず、手にとって匂いの良さに感動、説明書にあったとおり手で皮がむけることに感動、そして・・・・・・極めつきは美味しさに感動です。(中略)今まで生きてきてこんなに美味しいものがあったなんて知らなかったです」

「我が家はビンボー母子家庭ですが(笑)いえ!だからこそ健康が一番で(絶対入院とかできません)農薬とかが怖くて果物はあまり買えませんでした。でも子供(8歳)がすごく鼻血を出します。毛細血管が弱いのかと思い、病院のビタミン剤を飲ませていたこともあったのですが、やっぱり薬は嫌だし、あまり効果も感じませんでした。河合様の無農薬レモンを拝見した時は、レモンなら色々使えるし美味しいし、体も喜びそう!と嬉しくなりました。(中略)安くて不安なものをたくさんより、美味しくて安全な本物を正当な対価で少し手に入れる事を身につけて生きたいです」(いずれも『無農薬レモンで成就する初恋』より抜粋)

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