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編集長インタビュー

ラジコンヘリ暴走なんて有り得ない設定だけど…


 真山 『黙示』を世に出した時、レイチェル・カーソンを引っ張り出されて、「まだそれか」と思いました。『沈黙の春』はあの時代に出たから意味があったわけで、当時と使っている農薬も環境もあらゆるものが違いますから。

 GMOに関心を持っている学生に「怖いと感じるのは理解できる。でも食糧不足で人がバタバタ死んでいく中で、砂漠に育つGMOのトウモロコシを抜きますか?」と聞いたら、思いも寄らなかった考えだったようで、驚いていました。私が思うに、怖いからやめようというのは歪んだヒューマニズムであって、それによって農業の可能性が潰されるのはもったいない。その学生には「鶏、豚、牛はGMOの飼料を食べているのに怖くないの?」と訊ねました。そこで返ってきた答えが、「そんなの知らない」。結局、今の食糧問題はなかなか情報が出てこなくて、知ってるか知らないかが最大のポイントになっている。本来は知ってからどう考えるか、どう行動するかが大事なはずなのに。

 昆 確かに農業や食品は、ナイーブな理解を絶対化してしまうようなことが多い。鳥インフルエンザのリスクがあるため、比内地鶏を完全にケージ飼いにした本誌の読者がいるんです。すると県から「地鶏は平飼いにして歩かせる必要がある。だからあなたのところは地鶏と称してはいけない」と警告を受けた。そこは比内地鶏の育種をした本家みたいところで、平飼いにすることがいかにリスクが高いことかを知っているんですよ。しかしおかしな思考や歪んだヒューマニズムが連鎖してくと、「それではどうすればいいのか」という問いがなくなってしまう。これは危険なことです。


まったく新しい若者達が育ってきている

 真山 最近、東大生や卒業生など若い世代と議論をしていて、強く感じることがあります。彼らはいわゆるエリートですが、そのことをあえて意識しなくても、国をなんとかしなければ、と切実に思っていることです。リーダーとして統べることを、若くして理解しているクラスが出てきたなと思うんです。

 昆 それは興味深い。

 真山 もし彼らが農家出身だったら、自分のキャリアに関係なく、故郷の農村に帰って経営しなければいけないと考えるでしょうね。一昔前のように、郷愁にかられて田舎に行くわけではなくて、誰もできないんだったら自分たちがやるという若者が少しずつ芽生えてきた。あと20代から30半ばの層で特に増えているのが、「競争するのがどうして悪い。自分のやりたいことをやって結果を残すんだ」と考えるタイプ。頑張った人は頑張った分だけ見返りを得ればいいし、その代りに責任を持つ、という自覚を持ち始めたんじゃないでしょうか。

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