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“被曝農業時代”を生きぬく

原木キノコの生産を支えてきた福島の里山のこれから ふくしま中央森林組合参事 吉田昭一

福島県の阿武隈山系がきのこ用の原木で国内最大の産地だったことをご存じだろうか。過去形で話すのは、2011年3月の原発事故で山々が放射能に汚染され、その材料となるクヌギやコナラが伐採されなくなったためである。この事態を誰よりも腹立たしい、悔しい、そして何とか元に戻したいと痛切に感じている人物がいる。ふくしま中央森林組合参事の吉田昭一(57)である。入組してから原木の産地づくりに尽力してきた彼に、福島の里山のこれまでとこれからを聞いた。(取材・まとめ/窪田新之助)


辺り一帯広葉樹ばかり

突然に景色が変わった。田村市都路町から東京電力福島第一原発のある大熊町に車で入った途端に、である。国道の両脇は急に木々が鬱蒼としていて薄暗くなり、ところどころ、その幹にはつる性の植物が絡み付いている。それまでは散髪後の頭のように、きれいに刈りそろえられた里山が広がっていた。

「一変しただべ。ナラ、クヌギがなくなったでしょ。代わりに色んな樹種が生えている。ここは別の森林組合が管理しているんだ。おそらく100年ぐらいは経ってるよ、いやもっとかな。木というのは老化細胞がないからね。屋久杉だけじゃない、火事や虫食いの被害がなければ、どんな木もどれだけだって生き続けるわけだ。いわばこれが天然林。一方、都路の方は広葉樹林ばかり。あのような里山を作ろうと思ったら莫大なコストがかかるよ」
吉田が言うように田村市の旧都路村に広がるような里山は、日本全国を見渡しても、おそらくどこにもないだろう。ここの人々は、戦後、その植生をコナラやクヌギなどでそろえてきた。太い幹はまず見当たらない。木々は植えてから20年を迎えれば、地点ごとに一斉に伐採するからだ。それがどれだけ大規模であるかは、たとえばある年には大熊町までの10の道のりに広葉樹がほとんど見当たらなくなるといえば分ってもらえるだろう。都路町の森林面積は4750ha。このうち広葉樹2700haが定期的に更新されてきた。

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