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新・農業経営者ルポ

伝統野菜の種に農村とそこに暮らす人々の未来を見つけた夫婦

小さな在来の種に、農村とそこに暮らす人々の未来を見いだした夫婦がいる。奈良市高樋町の三浦雅之(42)、陽子(44)である。伝統野菜の種は時空を越えて、人から人へと大切に受け継がれてきた。その過程で村の仕事や暮らしが生まれ、豊かで人間らしい関係も育まれている。三浦夫婦は地域の仲間とともに伝統野菜で事業を起こしながら、農村の可能性と人間らしい生き方を問い直している。 文・撮影/窪田新之助、写真提供/(株)粟


仕事と家族の縁で結ばれた夫婦

JR奈良駅からローカル線でわずか二駅ながら、ここ帯解(おび とけ)は無人駅。普段は待機していないと聞いていたタクシーを事前に予約しておいた。乗車して10分ほどすると、どこか懐かしい田園風景が広がってくる。それは、私が4年前に訪れたことがあるというだけではなく、日本人の郷愁を誘う万葉の里だからである。
この景色を見下ろす小高い丘の上に、三浦夫婦が営む「粟(あわ)」が建つ。周りの仲間たちと畑で作っている国内外の伝統野菜を、三浦夫婦が調理し、予約客だけに提供しているレストラン。説明したとおりの不便な場所ながら、年間稼働率が95%を超える繁盛店である。
丘のふもとで車を降ろしてもらった。そこから木々に覆われた舗装されていない坂道を登り切ると、見覚えのある全身黒ずくめの格好をした雅之が笑顔で入口に立っていた。再会の挨拶をした後、木戸を開けて中に入ると、彼はそこから目につく厨房にいる妻に呼びかけた。
「陽子、窪田さんが来てくれたよ」
あいかわらず優しいトーンだと思った。じつは前回会ったときに最も印象に残ったのは、なぜかこの「陽子」と呼ぶ声色である。それは温かく、心から互いを信頼しているように感じるものだった。
夫婦の共著で最近刊行した『家族野菜を未来につなぐ レストラン「粟」がめざすもの』(学芸出版社)で雅之は、第一章でほかのことを差し置いて、妻との出会いを真っ先に語っている。18歳、それは一目ぼれだったという。
「結婚願望どころか彼女が欲しいとさえ思っていなかったような奥手男子だったのに、突然『これが恋というものに違いない!』とすっかり目覚めてしまったというわけです」
こんなことをくだくだしく書き記したのはほかでもない。ミシュランガイドに「粟」が紹介され、マスコミや行政が注目するほど三浦夫婦の活動が目覚ましいのは、何よりも彼らが公私ともに優れたパートナーであるからだ。ノンフィクション作家の今井美沙子からはこう指摘されたという。
「あなた方は不思議なカップルだね。仕事縁と家族縁が同じだなんて」
発案して事を起こすのが得意なのは雅之、でき上がった組織や事業を運営するのが得意なのは陽子。後述するが、彼らは伝統野菜を基軸にした地域づくりで3つの事業を手がけている。それらが少しずつ地域をまとめる方向に動いているのは、周囲の仲間に恵まれたとともに、二人が類まれな縁で結ばれているからといえる。同時に、そろって優れた経営者であるからだ。二人三脚でどうやってここまできたのか、その歩みを語りたい。

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