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新・農業経営者ルポ

京都から荒茶の魅力を世界に伝える二人組

京都府和束町の京都おぶぶ茶苑(以下、おぶぶ)の代表・喜多章浩(38)は、アルバイト先の生産農家でたまたま喫した一服の日本茶に魅せられ、大学を中退して茶葉づくりの世界に飛び込んだ。そこまでして彼が世に問い直したいのは、今ではほとんど流通しなくなった荒茶の魅力。その情熱に打たれた親友の兄・松本靖治(39)は脱サラし、喜多の茶葉を売るために国内外を駆け巡る。「世界を動かすたった一つのもの。それは情熱である」(サン・テグジュペリ)。この言葉を信じて、ひたむきに生きる二人のパートナーの物語を始めたい。 文・撮影/窪田新之助、写真提供/京都おぶぶ茶苑


人生を変えた茶葉を作りたい

9月半ば、気象庁が「特別警報」を発表するほどの大型台風が日本列島を縦断した。その数日後、筆者はJR京都駅から車を運転し、山道を通って奈良県との境近くにある和束町に向かっていた。台風の爪痕なのだろう、山道の所々で木々が倒れかけたり、土砂がなだれ込んだりしている。
1時間少々で到達した峠から、ひっそりとたたずむ懐かしい山里がいきなり眼下に広がり、ようやく一息ついた思いがした。数年前に訪れたことがある和束町だ。曲がりくねった坂を下り始めると、細い山道の両側にすぐに茶畑が点々としてきた。
おぶぶの事務所で初めて対面した松本の案内で、なだらかな傾斜地にある畑を訪れると、生産の責任者である喜多が草刈りをしているところだった。天気が良いのでまずは写真の撮影を願い出ると、喜多はいたずらをしそうな顔をしながら、なかなか首を縦に振らない。そして漫才のような問答をしてくる。ようやく説得できたと思ったら、今度は舌を出したり服を脱ぎ始めたりして、シャッターチャンスを外す。どうやら戸惑う筆者を面白がっているようだ。
でも、きっと恥ずかしがり屋なのだろう。そう思って取材から帰った後、おぶぶのホームページを見ていたら、自己紹介欄に「実は照れ屋なため、実際に話してみると関西的ネタトークが多く、秘めた情熱がわかりにくいのが欠点」と書いてあった。やはり、ひょうきんな態度の裏に熱い思いを秘めているらしい。たしかに、二人きりになってこれまでの経緯について聞くうちに、いつしか真剣な面持ちになって語り始めていた。
喜多が日本茶と出会ったのは大学時代。もちろんそれまでにも飲んだことはあったが、「水と大差ない、どれだって一緒」と思っていた。その認識が変わったのは、和束町の茶農家でアルバイトをしたのがきっかけ。松本の弟とは高校時代の同級生で仲が良い。その弟が同町出身の恋人と付き合っていた縁で、喜多も収穫の手伝いに誘われた。そこで人生を変える出会いが待ち受けていた。農家で喫した一服の茶。それはまさしく「衝撃の味わい」だった。
それまでの喜多といえば、特別にやりたいことはなく、悶々とした気持ちを抱えていた。一浪して入った大学では商学部で貿易学を専攻したものの、授業はまったく面白くない。すぐに出席しなくなり、家でボーっと寝てばかりいる日々を過ごした。だから2年生になっても体育の単位しか取れていなかった。当然のごとく、留年は確定。卒業できる気はせず、またそのつもりもない。現状から逃げ出したかった。
そんなときに突然現れた茶という世界の扉を開けるため、躊躇することなく大学を中退する。そして和束町で農業を始めた。1997年のことである。これには松本の弟からの強い勧めもあった。当時のことを苦笑しながら振り返る。
「(松本の)弟からお茶はむちゃくちゃもうかると聞かされたんですわ。たくさんの面積をやったらええんや、と。当時は畑を借りるのが大変だってことも、お茶の消費が減っていることも知らなかったんです」
以後10年間、「ボロ屋」で暮らしながら、昼夜を問わない働き詰めの日々を送る。

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