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北海道長沼発ヒール・ミヤイの憎まれ口通信

神は理由があってこの困難を作られたのだ


昭和の時代は年に数回は吹雪があり、道路は完璧に通行止めになった。学校が休みになると、それなりに無邪気に喜んだが、平成に入ってからは吹雪の回数も少なくなり、道路の除雪体制も明らかに良くなった。果たして住民やドライバーの雪に対する意識は向上したのだろうか?
たとえば、吹雪が少なくなったので、車が道路に置き去りにされるケースが少なくなった。しかし、忘れられた頃にやってきた数年前の吹雪の時は自宅前の国道で12時間閉じ込められた車両が1で10台以上あったが、近所の一般家庭に助けを求めるドライバーはいなかった。
私がそのような大変な状況に気が付いたのは吹雪だして10時間たった朝で、外に出たら「あらびっくり!」。車庫から285馬力のトラクターに装着された除雪ブレードで国道までの100mをかき分けて行くと、そこには先ほどの避難した車両がたくさん。そこで一台ずつ丁寧にワイヤーで引っ張り上げた。
救出の際、こちらの重量は10tあるので、重量差で車両が傷つく可能性を伝えたのは親切が仇とならないためだが、道路管理者と間違われて「救出するのが遅い!」とまで言われ、今に至るまで感謝の言葉はもらっていなくても不満はない。助け合うのは冬がある北海道の常識で、明日は我が身かもしれないのだ。とは言っても、黙って12時間耐えたドライバーが賢いのかと問えばやはり疑問符が付く。

協力以外で皆が生き残る術はない

3月3日には道東地域は発達した低気圧の影響で車が吹き溜まりに突っ込み、立ち往生して複数の子供を含む8名が亡くなった。だが本当に死に対する予防は万全だったのだろうか? 本来であれば道民は雪に対してもっと敏感に対応し、子供たちに背中を通じて教えることもできたはずだったのに。こんな悲惨なことを教訓にはしたくないと思った。
こんなこともあった。2月上旬の雪祭りの時、北見から友人が来たので数名が集まり、ススキノに向かったが、天気がグズツキだしたので早々に切り上げることになった。私は酒を飲まないのでいつもアッシー君だが、これも自分に与えられたDNAの特徴で、酒以外で人生を酔いなさいと言う神の啓示だと信じている。不安が的中しないことを祈り南幌町の友人を送って帰るが、予想をはるかに超えて左から右へ地面と水平に吹雪いて車の通行が厳しい状態だった。四輪駆動車に乗っているので時間が多少はかかるが無事帰れると思っていたら、突然目の前にまぶしく輝く塊が現れ、その明かりに照らされた影に映る立体感から車が数台スタックしているのが分かった。

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