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わが国は他の農業国と比較すれば、決して農業条件に恵まれているとはいえない。この環境の中でよくぞこれだけの高位生産性を維持できるものであると、その技術を評価したいところである。また、農産物がハイコストであるといわれるが、現在の円高で計算されるについてはどうにもならないことである。地価は別にして、肥料や農薬、あるいは労賃などを同じ経済ベースで計算されるならば、収量が多いだけに生産コストはそれほど高くはなっていない。
また工業と比較して農業だけが遅れていると喧伝されるが、心外なところである。それよりも何よりも、工業が進歩し、経済力がついたからであろうか、農業が軽視され、食糧の自給率が年々減少しつつある。経済力があるうちは札束で世界から食糧を買い求めることができるが、日本経済は円高から産業の拠点を海外に移し、産業の空洞化がすでに始まっている。経済に陰りを見せていることからすると、将来ともども海外から食糧を求めることはできなくなると思われる。それをどうするかである。
現在輸入している食糧を、わが国の平均収量で計算し、面積にすると1420万haになるのだそうである。わが国の耕地面積は、510万haであるので、面積では26・4%の自給率しかないことになる。自前の耕地面積では1/4の人口しか養えないということなのである。
こんな馬鹿げた文明国があるであろうか。しかも、農耕地は住宅団地などに浸食され、年に4万haも減少し続けているのである。こんなことがあっていいはずはない。将来に布石して、食糧の自給率を高めることにもっと熱心であるべきと思える。
考えてみよう。食糧が豊かであって、安定供給されることから生活に余裕が生まれ、そこから文化が醸し出されるのである。戦中・戦後の悲惨な食糧事情を想い出せばよく理解できることである。その戦中・戦後も食糧自給率は70%を越えていたといわれるのだ。そこから大きく後退して、そこに危機感を持たないのはなにか異常である。
ともあれ、誰かが、どこかで食糧自給率向上論を唱え、そして具体的に食糧の自給率を高めることに懸命でなければならない。
農耕地の減少を押さえることは、いますぐに始めなければならないことである。街に近い高級住宅に住んでも、食糧が不足しては生活が保障されないのである。むしろこれだけ交通・運搬手段が発達しているならば、住宅団地は農耕不適地に建設されるべきものである。贅沢をいっている場合ではない。
次いでは土地の生産性を高めることである。土地面積に制約があれば、単位面積当たりの増収を狙うしか道はない。ここで改めて耕起法を見直し、低コスト化への近道は増収であることを考えるならば、日本風の増収技術が開発されてよいはずである。
また工業と比較して農業だけが遅れていると喧伝されるが、心外なところである。それよりも何よりも、工業が進歩し、経済力がついたからであろうか、農業が軽視され、食糧の自給率が年々減少しつつある。経済力があるうちは札束で世界から食糧を買い求めることができるが、日本経済は円高から産業の拠点を海外に移し、産業の空洞化がすでに始まっている。経済に陰りを見せていることからすると、将来ともども海外から食糧を求めることはできなくなると思われる。それをどうするかである。
現在輸入している食糧を、わが国の平均収量で計算し、面積にすると1420万haになるのだそうである。わが国の耕地面積は、510万haであるので、面積では26・4%の自給率しかないことになる。自前の耕地面積では1/4の人口しか養えないということなのである。
こんな馬鹿げた文明国があるであろうか。しかも、農耕地は住宅団地などに浸食され、年に4万haも減少し続けているのである。こんなことがあっていいはずはない。将来に布石して、食糧の自給率を高めることにもっと熱心であるべきと思える。
考えてみよう。食糧が豊かであって、安定供給されることから生活に余裕が生まれ、そこから文化が醸し出されるのである。戦中・戦後の悲惨な食糧事情を想い出せばよく理解できることである。その戦中・戦後も食糧自給率は70%を越えていたといわれるのだ。そこから大きく後退して、そこに危機感を持たないのはなにか異常である。
省力化とは手抜きではない 技術開発で高位生産を狙え
ともあれ、誰かが、どこかで食糧自給率向上論を唱え、そして具体的に食糧の自給率を高めることに懸命でなければならない。
農耕地の減少を押さえることは、いますぐに始めなければならないことである。街に近い高級住宅に住んでも、食糧が不足しては生活が保障されないのである。むしろこれだけ交通・運搬手段が発達しているならば、住宅団地は農耕不適地に建設されるべきものである。贅沢をいっている場合ではない。
次いでは土地の生産性を高めることである。土地面積に制約があれば、単位面積当たりの増収を狙うしか道はない。ここで改めて耕起法を見直し、低コスト化への近道は増収であることを考えるならば、日本風の増収技術が開発されてよいはずである。
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村井信仁
農学博士
1932年福島県生まれ。55年帯広畜産大学卒。山田トンボ農機(株)、北農機(株)を経て、67年道立中央農業試験場農業機械科長、71年道立十勝農業試験場農業機械科長、85年道立中央農業試験場農業機械部長。89年(社)北海道農業機械工業会専務理事、2000年退任。現在、村井農場経営。著書に『耕うん機械と土作りの科学』など。
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