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新・農業経営者ルポ

不屈の夫婦~飛ぶ夫、受ける妻~


そんな迅速な対応ができた理由について夫妻は、偶然でタイミングが良かっただけと話すが、その背景には会社設立2年目から続けていた試行錯誤があった。セツ子の大きな器をバックに、敏朗が外で新しい品目を見つけ、夫妻は話し合っては試作を繰り返してきたのだ。
カイワレダイコンが軌道に乗ってきた85年、敏朗はアスパラガスに興味を持つ。
「カイワレの利益は全部、土地利用型の資金にしたのよ。カイワレは私に任せて、夫は夢を追いたかったのよ。トラクターに乗りたくて」
ふと、当時の不満を思い出した妻に、敏朗は少し照れくさそうに反論する。
「当時、アスパラガスは3本で300円の時代だった。オーストラリアで収穫したアスパラガスが翌朝には神田市場に届いてる。そんな遠くから運んでペイできるならいけると思った」
北海道からアスパラガスの株を購入して始めたものの、2年で手を引く。北海道と郡山との生育期間が異なることから経費がかかること、期待していた2Lサイズが収穫できなかったこと、粘土質の土壌では根が思ったより伸びなかったこと、輸入に押されると考えたことが理由だった。
93年、今度は加工用ジャガイモの生産を始める。しかし、基盤整備で表土を削り取った土地だったため、ポテトハーベスターで収穫すると、ジャガイモなのか石なのかわからないほど石が上がってきた。また、粘土質の土壌はジャガイモの栽培に向かず、1年で撤退した。
一方、ハウスでも次々と新しい水耕栽培の品目に着手していた。
「新しいものは5年で柱になるかどうか見極めた。うちが品目を選ぶ基準は大手が参入しにくいもの。収穫に機械を使えない、つまり、人手がかかるものです」
そうして91年に始めたのがサンチュと豆苗だった。敏朗は、原価計算の考え方についてサンチュを例に話してくれた。
「サンチュは、大きく育てるとたくさんの葉が得られる。しかし、1本から何枚も採る作業は従業員に迷いが生じ、作業の手を止めさせる。その時間は人件費としてコスト上昇になる。そこで、1本から1枚採るという収穫方法にすることによって、誰でもすばやく作業できるようにしたところ、低コスト化につながった」
それ以外にも、ヒマワリやブロッコリーなどのスプラウトも試したが、棚持ちの悪さなどから3本柱には加えなかった。
また、現在、市場が拡大しているベビーリーフにもいち早く取り組んだ。
「ベビーリーフは早すぎたな」
「宅配で送るような時代だったもの。この人の場合、早すぎたっていうのがいくつもある」

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