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新・農業経営者ルポ

不屈の夫婦~飛ぶ夫、受ける妻~


「いいものがあるとすぐ見にいって始めてしまう。ただ、ベビーリーフは作れど作れど色がつかなかった」
「サンチュのハウスはUVカットだからね。でも、私たちはわからなかったのよ。はっはっは」
こうして作物の選択は時代とともに試行錯誤を繰り返していった。
物流事業も手がけだす。きっかけは、カイワレダイコンが配送中にダメージを受けて市場での評価が下がってしまったことだ。敏朗はそれなら自社便で配送したいと考えると、セツ子も賛成した。
「どこかの講演会で、『物流を制する者は業界を制するって聞いたからやる』って言うんで、『いいんでないの』って言いました」
この物流が結果的にO-157騒動直後の窮地を助けた。以降、夫妻の力の相乗効果はさらに高まっていった。

震災を乗り越え、
放牧養豚を成功へ

経営が回復してきた09年、敏朗はハウスの近くの耕作放棄地で放牧養豚を始める。現在、レストランに精肉と生ハムを販売し、ソーセージなどの加工品を通販などで販売している。生後75日の子豚を買って放牧し、8カ月で出荷する。屠殺や加工は外部委託している。
放牧養豚もまた、夫妻にとってまったく経験のない初めての試みだった。セツ子は「人の話なんか、聞く気がない人だもの」と敏朗の顔を見る。
「聞く必要ないもん」
「やって失敗しないとわからない人だから」
「名人の話を聞いても、やってみないと結果はわからないから」
始めたころのことを思い出したのか、2人はくすくす笑い、セツ子が当時の様子を語った。
「初めて子豚が運ばれてきたとき、トラックから降りるのを怖がるのよ。しょうがないから抱いて降ろしたんだから。知らないとなんでもやっちゃうのね。柵に頭を突っ込んで抜けなくなって、洗剤をつけて抜いたこともあるの」
「スコーンと抜けたっけな」
当初は不慣れだったものの、肉の品質には自信を見せる。日本調理学校に分析してもらったところ、学校が用意した放牧豚ではない生肉に比べ降矢農園の放牧豚の冷凍肉のほうがアミノ酸がずっと豊富だということがわかったという。また、病気にかかりにくく、実際、風邪を引いた豚が数頭いたに過ぎない。
敏朗は、その理由を土壌に含まれるミネラルを摂取しているためだと考えている。ハウス栽培の野菜の残さ、穀物などの濃厚飼料も餌として与えているが、耕作放棄地で放牧しているため、豚は野生の草木を食べている。草木の根まで掘り起こして食べることから、土壌のミネラルを摂取しているのだろうという。

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