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新・農業経営者ルポ

不屈の夫婦~飛ぶ夫、受ける妻~


震災の打撃も収まらないなか、敏朗はなおも飛び回る。今度は、付加価値のある豚肉加工品を作ろうと思い立ったのだ。これまでソーセージの原料にしていたもも肉を生ハムに加工して販売しようと考えたのだという。想定する出荷先はイタリアンレストランやスペインバルだ。白神山地の酵母菌を使用した生ハム製造業者を見つけ、そこに試作を依頼した。生ハムができるまでたっぷり1年かかってしまうが、満足いくものができたという。
全量出荷停止となったミョウガからは手を引き、今度は四国で見つけたイチゴを始めた。この時期に切り替えたことは、この1~2年の燃料費上昇を考えると結果的には良かった、とまたも夫妻は前向きだ。
ここでまたも不運が起きた。このイチゴのハウスも今年2月、豪雪でつぶれてしまったのだ。しかし、すでに6月に納品されたハウスで栽培を再開している。

村の再生へ

震災を経て、さらに不屈の夫妻の力が強まっているようだ。セツ子には実は、夫が持ち込む新しいことを一緒にやるかどうかの判断基準があるという。
「それおもしろいね、もうかるね、というのはあるけど、もうかるからやりたいわけじゃなくて、もうかんなくてもこれは意義があるね、ということをやりたいわけ」
夫妻は現在、放牧養豚のさらなる飛躍を目指している。もともと放牧養豚を始めたのは会社の事業のためだけではない。
「30年間、ずっとハウスの中にいたけど、7~8年前にふと村を省みたら、耕作放棄地が増え、村が荒れていた」
かつて桑畑や葉タバコが栽培されていた土地は、桑が成長して大木となり、竹と雑草が生い茂っていた。人口は少子高齢化と過疎化で減っていき、震災がさらに人口減少に追い打ちをかけた。
敏朗は、そんな村の状況に危機感を抱いていた仲間数人とともに村の整備活動を始めた。竹炭を焼いてホタルの生息する川の浄化をしたり、花壇を作ったりした。その活動の一つが放牧養豚である。当初、「山口方式」という耕作放棄地に牛を放牧する方法を取り入れたが、牛は食べる雑草に好き嫌いがあったため、今度は豚を飼い始めた。すると、豚は好き嫌いなく、草木の根まですっかり食べ尽くしてくれた。
夫妻はいまや、放牧養豚が耕作放棄地を活かすことを確信している。
今年、敏朗は、本誌が主催する農村経営研究会の会員になり、そこでカルビーの元社長である松尾雅彦氏に出会う。
「自分たちの村をどんな姿にしたいのか、30年後のビジョンを描きなさい。コメが供給過剰である現在、日本に輸入されている農産物を国内で作るのがいい。川曲集落のような中山間地で放牧養豚を行なっているのは正解だと思う」

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