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新・農業経営者ルポ

虫の目・顧客の目・地域の目で農業を視る百姓の心意気


小川が実践する地域の生態系を守る農業。ミツバチはその象徴でもある。だが、そこに至る道のりは決して平坦ではなかった。

窮余の策で顧客と出会う

少量多品目生産と直販。これが現在の小川農園の経営スタイルだが、20年前までは違った。ネギやダイコンだけを生産し、個選品として市場に出荷していた。本誌2014年4月号の特集「小さな顧客と価値を共有する経営者」でも紹介したが、当時出荷していた県内の青果市場での相場が低迷。セリにかけられることもなく、売ることもできなかったネギとダイコンを持ち帰り、自分たちで売ろうとトラックに載せて走った。だが、売れない。
窮余の策として、自宅裏の道路に面した場所で試しに直売してみた。当時はまだ大型の直売所もない時代である。物珍しさと真新しさもあったのだろう。近所の人たちが集まり、あっという間に完売した。
「顔見知りの小川さんちで作った野菜だと、お客さんがわかっているから売れたんだと思います。また、同じ農作物でも売る場所や相手が違えば、売れ方や値段も変わる。都市近郊農業のあり方を考えるうえで、大きなヒントになりました」
このとき、小川は実家の仕事を手伝う大学1年生。将来は実家の農家を継ごうと、農業経済学のゼミがあるということを理由に慶應義塾大学に入学し、規模の大きい農業と小さい農業の双方を研究するつもりだった。そこで大学のゼミでいろんなタイプの農家を研究するうち、多くの農家が規模拡大で苦境に陥る現実を知る。卒業するころには、自分の思いどおりに経営できる規模の小さい農業を目指すと決めていた。
直販中心に舵を切った小川農園は、自然と少量多品目生産へと移行する。販売先も、直営の直売所、柏市内の直売所、小規模な飲食店、小売店、朝市などへと拡がっていった。
「他の野菜も売ったら数年間は飛ぶように売れました。売れるから品目を増やしていき、いつの間にか、少量多品目の野菜を生産するようになりました。お客さんが欲しがる売れる野菜を作ってきたということです」
大学卒業と同時に就農する選択肢もあった。ただ、農家の息子が社会人経験なしに農業をすることに違和感があったという。農業機械メーカーに就職すると、東北の営業所に配属された。しかし、農家の支払い能力を超えた機械を売る企業姿勢などに疑問を感じ、2年で退社。2001年に実家の農家に就農する。

農薬と昆虫少年

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