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新・農業経営者ルポ

イチゴ栽培でお客様を呼び込み 地域の景色をつくる稲作経営者

島根県松江市という水利条件に恵まれないエリアで奮闘する稲作経営者がいる。田んぼは父から継承したが、経営はゼロから始めるという珍しい親子継承の形で、事業を広げている。稲作部門が軌道に乗り、新たに栽培を始めた「イチゴ」は人を呼びこみ、農場に変革をもたらすのか。コメ余りの時代背景に挑戦を続ける若き経営者の軌跡と野望に耳を傾けてみた。 文・写真/加藤祐子、写真提供/カンドーファーム(株)
島根県松江市の市街から宍道湖の北側を車で20分ほど西に進むと、水田エリアが広がっている。見渡すかぎり、高い山は見当たらない。カンドーファーム(株)の田尻一輝(38歳)は、ここで水稲を中心に約60haの経営をしている。
同社は7期目を迎え、現在、従業員は5人。「まだまだ会社の体を成していない」と話すが、30haから始まった稲作を中心とする経営は、徐々に規模を拡大し、売上は5500万円にまで順調に伸ばしてきた。

水を有効利用する稲作の戦略

観光客が多く訪れる宍道湖は海につながっている汽水湖である。水量は豊富ながら、塩分を含む湖水は農業用水には使えない。この辺りでは、ため池などが貴重な水源である。少ない水でどうやってコメをつくるのか、ここが頭の使いどころだ。
田植えは4月20日頃から6月の半ばまでに集中する。食用米の早生から晩生まで5品種と飼料用米を、ハナエチゼン7haに始まり、きぬむすめ(全部で)21ha、つや姫2ha、コシヒカリ15ha、ミルキークイーン0・3ha、飼料用米15ha、後半のきぬむすめの順に、植えていく。飼料用米は県内の肥育牛の畜産農家に供給し、ワラは鋤き込む。
戦略の第一弾として、父の経営を手伝っていた2003年に、プラウ耕の導入を願い出た。さらに、翌年にレーザーレベラーを購入。水不足で稲がよれてしまう姿を何度も見てきたが、プラウをかけた圃場では、表面が干上がっても地下から水を吸い上げられるように効果を実感できたという。さらに、14年、ロータリー溝掘機を導入した。V字形に溝を掘ることで、限られた水が圃場全体に速やかに走る。これもまた、この地域で欠かせない道具だと話す。
第二弾は、一般的には、水が少ないと条件的に不利だと言われる乾田直播だ。07年に挑戦を始めて以来、さまざまな技術を取り入れて、14年は3haに広げた。代かき作業で水を多く必要とする春先に、水を使わずに播種までの工程を行なえるため、水の有効利用の解決策にもなり得るとは、逆転の発想である。
乾田直播のメリットには、たいていコスト削減や食味の向上が謳われる。だが、田尻は、「おいしいお米をつくるため」と曖昧な返答をした。その真意を尋ねると、乾田直播のほうが稲は健康に育つと感じていることと、地元のお客さんの舌に合う求められるお米の追求を挙げた。
例えば、きぬむすめはコシヒカリに比べて幼穂形成期までの生育期間が長く、発芽の揃いが悪くても、雑草が生えても対処しやすい。つくりやすい品種だが、地元のお客様に紹介しても注文は増えない。したがって、手間をかけても、直播は自らも好んで食べるコシヒカリを作付けし、直接販売する形を選んでいる。
周辺の農家にプラウ耕を導入したり、乾田直播に挑戦したりする「バカ者」は少ない。とはいえ、天気予報も当たらない昨今、さまざまな条件に対応する技術をあらかじめ準備しておく努力を続けてきた。面積条件で言えば、現状の体制でさらに増えていく場合、直播を取り入れなければ、品種を組み合わせても作業が追いつかなくなる。

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