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女の視点で見る農業経営

牛乳をつかったお菓子の店を出せたらいいなあ

 偶然に偶然が重なっただけと語る透さんだが、本人の「酪農をやるんだ」という覚悟と強い信念がなければ、こんなに「たまたま」が続く筈はないだろう。2人の馴れ初めに関して家族は、父=「やっぱり出会いだよな」浩美=「赤い糸で結ばれていたから?」透=「糸じゃねえ。赤い100ミリぐらいのワイヤーで“こっちへ来い”ってギリギリ引っ張られていたのかも……」一同=ハハハハ(爆笑)

 4世代8人家族、渡追家の団楽は、いつもこんな風にくったくがなく笑いが絶えない。「100ミリの赤いワイヤー」という表現は、少々オーバーだとしても、浩美さんの「絶対いっしょに酪農のできる人と……」という思いが強かったのは確かだ。透さんの婿入りは、なだめてすかして養子を迎えるケースとはぜんぜん違う。なんといってもやってきたその日から「即戦力」なのだ。頼もしい婿を迎えて、次第に頭数も増やしていった。

 透さんが来て変わったのは、牛の数ばかりではない。まずは牛の出産。

 「以前は子牛の足が見えたら、人間が引っ張って手伝っていました。でも、透さんが来てから牛に自然に産ませるようになったんです」と浩美さん。このやり方だと、朝牛舎に行ってみると子牛が死んでいることもある。「人間が手伝えば、しばらく生きたかもしれない。でも結果的にいい牛に育たない。自分でちゃんと産まれる牛だけを残せば、最終的に乳量も上がる」

 と透さん。この他、それまでどちらかといえば「獣医さん任せ」だった種付も自主的に血統を選んで行なうようになったこと、飼料も成長段階に合わせて別メニューを組むことになったこと、共進会に出品して見事優秀賞を獲得する牛を育てるまでになったこと。「透さん効果」はいたる所に現れている。その最たるものが新牛舎の建設だろう。


女1人でも1ヵ月大丈夫


 もともと、規模拡大の希望を抱いていた勝雄さん。透さんが加わったことで思い切った投資に踏み切れると決断した。前々から新システムでの牛舎新築の話はあったが、見積もりの数字を見るにつけ個人ではとても負担できない数字があかってくる。そんな時に舞い込んだのが、国の補助事業の話だ。さまざまな審査を経て、補助を受けられることになった。新築の牛舎、ミルキングパーラー、自動給餌機械、建物、個体管理を含むコンピュータシステム、堆肥舎……費用の総額は1億7千万円。自己資金はその約3分の1だが、勝雄さんの熱意と、頼もしい後継者の存在があったからこそ、実現したプロジェクトだ。

 新しい牛舎をめぐって、勝雄さんと透さんが喧々言々と相談を重ねる日が続き、完成したのは昨年7月。牛の引っ越しは一気に行なうことになった。「忘れもしない7月10日。機械のセッティングが間に合わなくて、もうギリギリだった」

 古い牛舎の搾乳機も耐用年数を過ぎて、故障続きの状態。それでもなんとか搾っていたが、「いよいよもうダメ」の限界に達していたのだ。

 当日は新しい牛舎まで、隙間なくトラクタやありとあらゆる機材を並べて通路を作り、そこへ約 70頭の牛を追い込んで移動させようとしたが、牛はなかなかいうことを聞いてくれない。中にはバリケードをかいくぐって逃げ出し、川へ落ちてしまうものも……その日は機械メーカーの人たちが手伝いに来てくれていたので、なんとか救出することができた。

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