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【土門「辛」聞】
慣習を重んじるのは「生物学の原理」から
- 土門剛
- 第12回 2005年05月01日
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昨年末に出た「決定版 正伝後藤新平」が面白い。藤原書店という、真面目な良書をベストセラーに仕上げるのが上手な出版社が手がけた評判の本である。全8巻で1冊が税込みで5000円近いが、内容は値段以上。隔月刊でちょうど第3巻を読み始めたところだ。
第2巻「衛生局長時代」で印象に残った記述があった。
岩手県水沢市で下級藩士の息子として生まれ、13歳の時に県庁の給仕となり、苦学の末に自費でドイツに留学。衛生学及び衛生行政について学問を究めて帰国した後藤は、内務省に仕官。そこで手掛けた大仕事が、日清の戦役で帰還兵士の「全員検疫」実施。後藤は自ら責任者になって検疫所の建設に携わり、検疫業務の最高責任者として大活躍した。
「征清の役もだんだん進むにつれて、後送される患者をはじめ、海を越えて往来する者がいよいよ多くなってきた。(中略)内地上陸に先だって、伝染病の輸入を防止しなければならぬ。そのためにはぜひ大検疫所を設ける必要があるので、宇品沖の似ノ島を選んで、大検疫所設置の案を立てた」(同書)
その完璧な検疫は後年、来日したドイツ国政府要人を驚嘆せしめたというエピソードも紹介されている。
第2巻「衛生局長時代」で印象に残った記述があった。
岩手県水沢市で下級藩士の息子として生まれ、13歳の時に県庁の給仕となり、苦学の末に自費でドイツに留学。衛生学及び衛生行政について学問を究めて帰国した後藤は、内務省に仕官。そこで手掛けた大仕事が、日清の戦役で帰還兵士の「全員検疫」実施。後藤は自ら責任者になって検疫所の建設に携わり、検疫業務の最高責任者として大活躍した。
「征清の役もだんだん進むにつれて、後送される患者をはじめ、海を越えて往来する者がいよいよ多くなってきた。(中略)内地上陸に先だって、伝染病の輸入を防止しなければならぬ。そのためにはぜひ大検疫所を設ける必要があるので、宇品沖の似ノ島を選んで、大検疫所設置の案を立てた」(同書)
その完璧な検疫は後年、来日したドイツ国政府要人を驚嘆せしめたというエピソードも紹介されている。
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土門剛 ドモンタケシ
1947年大阪市生まれ。早稲田大学大学院法学研究科中退。農業や農協問題について規制緩和と国際化の視点からの論文を多数執筆している。主な著書に、『農協が倒産する日』(東洋経済新報社)、『農協大破産』(東洋経済新報社)、『よい農協―“自由化後”に生き残る戦略』(日本経済新聞社)、『コメと農協―「農業ビッグバン」が始まった』(日本経済新聞社)、『コメ開放決断の日―徹底検証 食管・農協・新政策』(日本経済新聞社)、『穀物メジャー』(共著/家の光協会)、『東京をどうする、日本をどうする』(通産省八幡和男氏と共著/講談社)、『新食糧法で日本のお米はこう変わる』(東洋経済新報社)などがある。大阪府米穀小売商業組合、「明日の米穀店を考える研究会」各委員を歴任。会員制のFAX情報誌も発行している。
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