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利己主義と刹那主義だけでは経営も暮らしも行き詰まる
小松 大地が株式会社になったとき、一部の市民運動家から叩かれたりしたのは、その辺がからんでいるような気がする。ボタンをかけ違えたんじゃないのか、と。彼等の「正義」から自由になった大地を理解できないし「経営」を理解しようとしなかった。彼等にとって「株式会社」はそれだけで悪だったのですね。
昆 大地は運動ですか、事業ですか。
藤田 その「統一」ですね。経営と運動を統一させよう。
社会的に、組織としては、運動というのは、経営がないといくらでも過激になっていくじやないですか。ところが、他者との関係性も尊重しなければならないとなると、どこかでやはり、収まるところを探すんですよ。ある意味の妥協論ですけど。運動だけやってると過激になる。経営だけ考えていると単なる金儲けになる。その辺のバランスを考える。生活と、「生きざま」みたいなものの統合ですね。奥さん子供を路頭に迷わせて、一銭も稼げない社会運動というのは決してホメられた姿ではない。逆に社会的なこととか理想の実現を追わず金儲けのことだけしか考えていないと説得力ないわけですから。経済と経営、経営と運動というものを両立させたい。生活と生きざまを一所懸命統一させる組織であり、個人でありたい。
昆 長続きしている企業というものは、理念がしっかりしているものです。いわば、時代や社会のなかでの存在理由みたいなものを確かめられるような企業が。特に製造業や商業で残っているところは、強烈な理念があり、確かに企業なんだけど、運動であり、経営である、経営という言葉の中には、もともとそういう側面があるのではないか。
藤田 儲かるか儲からないかは別にして、今日の社会のきわめてはっきりした特徴は、利己主義と刹那主義ですね。今さえよければというのが刹那主義で、利己主義は自分さえ儲かれば、環境問題も農業問題も刹那主義的に3代あと5代あとはどうなるか、という議論ではなく、今さえよければ。しかし企業の存立基盤も、利己主義だけではもうもたないと。
昆 成り立たないですね。
藤田 成り立たないわけです。お客様がいて自分があって、そして社会の中での存在としての自分があって。
小松市民性みたいなものだね。
藤田 それではじめて持続可能なわけです。刹那主義が成立しないのも、バブルのように3年間は儲かるけど5年後につぶれてしまうというのはですね、長い目で10年間、儲からないけれども着実に生きていけるというのとでは…。最初の年は100万儲かって来年は80万、60万、 30万、10万といくのと、毎年20万の利益がとりあえずあるという生き方。経済の持続感を考えたときに、トータルでどれだけ利益が上がるかというのが、正しい経済学だと思う。
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