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同伴者たち

生産者と直結、自主基準に基づく低農薬・有機米を独自集荷し販売/武蔵野精米店 専務取締役 高橋信一

新食糧法の施行は精米店にはまさに青天の霹靂である。しかし、その中から、あるべき生産者と消費者の仲立ちを模索し、安定経営を実現して来たお米屋さんがいる。東京・武蔵境の武蔵野精米店の高橋信一氏である。有機低農薬栽培の基準を打ち出し、これに共鳴する稲作生産者と直結し、安全でおいしい米を独自に集荷・販売することで、日本の稲作を守り、健全な米流通の実現を目指す。
 私が現在のような方法で米を売ることを考えた背景は、新食糧法の施行による、われわれの立場という問題もありますが、新食糧法になろうがなるまいが、ミニマムアクセスで自由化されつつある外米が、当然のことながら今後どんどん入ってくるということなんです。日本の米がダメになるという危機感ですね。しかし、直接の原因は平成5年の大不凶のパニックでした。


凶作の年に将来を見据えた


 当時月間で70俵ぐらいしか売っていませんでしたが、どんどん売上げは伸ばしていたんです。その時、卸さんがもう対前年比100%しか供給しません、というわけです。比較的いい卸さんでしたが、直近の伸びていた数字はまったく見てくれませんでしたからね。

 あの当時、うちは対前年比で150%づつ伸ばしてました。それも一切チラシも入れないで訪問販売ですから、一軒一軒インターホン押しながら顧客を獲得してきたわけです。そこに前年対比100%とはなにごとだ、よくそんな事がいえるものだという気持ちですね。

 幸いにして、たまたまうちは前年に低温倉庫を作ったんですよ。いい産地のいい米を、まあ半年ぐらいストックしておこうというぐらいの感じで作ったんですが、結局それが効を奏したわけです。あのパニックの年には平成5年の5月までに4年産の米を倉庫に全量(750俵近く)を入れていました。およそ3ヶ月分のストックです。

 そのときにもいろいろ考えましたが、新米の時期になると、お米屋さんで売っている米より、産地から送られる縁故贈答米の方がだんぜんおいしい。同じ県のものでもそうなんですよ。そこをなんとかできないかな、と考えたんです。

 それで、いまは食味分析機がありますが、そのときは自分の舌しかありませんから、自分の味覚を頼って同じ県でもここのがうまいというように選んだら、たまたま有機栽培している生産者が多かったんですよ。

 それで、自主的にうまい米を作っている生産者はいるし、そこと直接結びついていこうと考えたわけです。

 そのときに、私の方からの生産者に対する条件として一つの基準を作っていったわけです。うちが売る米に対する私なりの保証基準です。

 過去5年間は有機栽培で化学肥料は一切投与していないとか、「農毒薬」を使用していないとか、どういう堆肥作りをしているか、要するに牛糞を使うとか、鶏糞を使うとか、微生物に見合うような土作りをしているか、ということですね。

 実際は、藁とか籾殻を投入している方が多かったですね。そういう作り方ですと、反当りの収量は当然落ちる。その経済性の悪さをどうカバーするか考えたわけです。

 当時、農協が渡す仮渡し金とそこからわれわれ流通業者に入る価格差が平均して3500円ぐらいありました。その3500円の差をお互いに1500円づつ歩み寄ったって、相互にメリッ卜は出るわけですよ。

 もちろん生産者は、差があるなんてことも知らないような状態で、米の値段も知らずに農協に1万9000円で買ってくれ、2万円で買ってくれという世界だったわけです。一年半ぐらい経ってから余ったから分配するよ、ということで1000円とか500円とか農協が戻すというような世界ですね。

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