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江刺の稲

原点を見失わず前に進む意志

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第104回 2004年10月01日

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約10年ぶりに懐かしい読者と再会した。茨城県でキャベツ、バレイショなどを栽培するI氏である。
 約10年ぶりに懐かしい読者と再会した。茨城県でキャベツ、バレイショなどを栽培するI氏である。

 久しぶりに訪ねたI氏の格納庫には、野菜移植機、ジャガイモ用のマルチング・プランタ、甘藷、ジャガイモに使う根菜類収穫機のポテカルゴ、韓国LGのトラクター(43馬力)、ゴムクローラのフォークリフト(諸岡社製。)に三点リンクを付けて20インチプラウを曳かせるなど、当時より農業機械の種類も数も多様になっていた。そのことについては改めて紹介しよう。

 遅い時間にお邪魔したのにもかかわらず懐かしい話は尽きず、また以前のI氏とは少し違う農業経営への考え方を聞きながら、厚かましくも夕食をご馳走になってしまった。 はじめて出会ったのは創刊当初だから11年前。当時の彼は三十歳そこそこ、元気一杯の青年だった。それまでの努力が経営の成果として現れ始めた時期で、すでに春キャベツでは地方市場でトップの値が付く生産者に成長していた。一日で数十万円は当たり前、時には百万円を越す時もあった。

 さらに、家の近くに開いた焼き芋の直売所が、通学路に直面することもあって大当たり。忙しくはあったが確実にもうかっていた。

 当時、幼い二人の男の子の育児にも手が掛かっていたと思うが、転勤族のサラリーマン家庭に育ち農業に憧れて彼と結婚した奥さんは、I氏以上に農業に夢中で勉強熱心だった。本誌との縁もその奥さんがスガノ農機のカタログを見て、同社に資料請求してきたのが発端だった。

 I氏はキャベツの移植機械化も早くから進めていたが、敢えて人力作業に戻していた。機械に不都合があるからではない。80歳と79歳のご両親に移植作業をお願いするようになったからだと言う。

 「機械でやれば早く終わります。でも一日分として必要な面積を一日で植え終わればよいのです。一日当たりに植える必要量は限られたもの。それなら無理に機械は使わずに両親にお願いしようということになった。老人が果たすべき役割を持ち、自負心を持って元気に毎日を暮らすこと。本人たちがいきいきしてくるだけでなく家が明るくなる」

 機械移植体系でやればもっと面積をこなせる。でも、それで得られるものより、両親やそして家族の笑顔健康を大事に思ったという。

 自分が誰かに必要とされている実感。人の生きる甲斐とは突き詰めればそこにあるのではないか。人が持つ誇りも、他者と共にあることの喜びも、根っこはそこにこそあるのだ。

 機械化して年寄りに楽をさせたいと考えた時期もあったが、それだけではないことに気が付いたとI氏は言う。焼きイモのスタンドも台風で小屋を飛ばされて以来やめている。教育費の負担も今が一番重たい時期だろう。野菜の市況も低迷しており、昔の彼であれば頑張って規模を拡大しようと言いそうなI氏が、こう語ることを素晴らしいと思った。

 でもIさん。君は昔もキャベツやイモを作るより土を作ろうとしていた人だ。その結果、市場は君を評価してくれた。もうかることより幸せになるためにこそ農業経営を考える。それも当然のことだ。そして君であればこそ、その原点を見失わず、変化する市場環境や時代を見詰めながら、さらにもう一歩前に進もう。

 そんな君を必要としているお客さんがいるのだから。

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