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【江刺の稲】
この程度で済んだ と考えられる 幸福
- 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
- 第102回 2004年08月01日
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日照りに不作無し という言葉を信じて今年の日和を良きことと思っていた。ところが、新潟、福井両県では大きな水害に見舞われた。今月号の取材でスタッフがお邪魔した方々もその被害を受けられた。つい数日前に談笑しご案内いただいた方々が、水害の後始末をされながらも電話の向こう側で明るい声を出しておられる。お見舞いを申しあげる。
被災された読者との話をメールで教えられ、困難の中で示される人々の力を感じた。
自然の力はままにならない。しかも災禍をもたらすのは自然だけではなく、人々の不注意や傲慢がその被害を深刻化させる。その一方で、災禍の中で損得を語るより命あることを喜び、失うことより人として果たせぬことを恥じる人々の姿も見せていただいた。困難が人に力を与え、人倫の当たり前さを目覚めさせるかのようでもある。
しかし、実際に災禍に見舞われてしまったら、幸いにもこの程度で済んだ と考えるのが得策なのだ。
かくいう僕も、今、病院のベッドでこの原稿を書いている。すでに入院から数日。この幸福感は、お医者さんや看護婦さんたちが、若くて優しく美しい女性ばかりだからという理由だけではない。
「入院」という言葉に最初は困惑し動転もしたが、命を落としていたかもしれぬこと、手足や言葉に障害が残るような事態になっていたかもしれないことを考えれば、それに至らなかった今の入院生活を 良かった と思うようになった。ご迷惑をかける向きもあろうが、素直にそう思わせていただくことにしや。悪しからず!
伸びをしたのがきっかけである。三日連休になる土曜の夕方だった。鎮痛剤を飲んだが効かない。ズキンズキンと拍動する頭痛は痛いばかりか気も滅入る。三日も続く頭痛なんて経験無い。さすがに不安になり、祝日の救急病院に行ってみた。ところが、その国立総合病院の救急窓口職員の対応は「今、肛門科の医師しかいませんので……」。痔持ちの急患以外にはそう言って断るのだろうか。可笑しくて頭痛はさらにひどくなった。
そして行き着いた東京女子医科大学病院の救急センターでは、専門外と言いつつも、ありえる可能性を教えてくれた。その指示で、翌朝、脳神経内科で診察を受ける。専門医は「これは教科書的なケースで椎骨動脈解離の疑いが濃厚です。入院してMRI検査を受ける必要ありですね」とこともなげに言う。
笑い事ではないのだ。首の脊椎の中を通る動脈の内壁と外壁が剥離しており、それゆえに拍動する激しい頭痛が生じているという。血管の内壁が裂けたら脳梗塞、外に破裂したら脳出血を起こす状態だというのだ。「頭痛はその警告ですよ」と。
今、ベッドの上では処方された鎮痛剤で痛みもない。安静にしている限り病の自覚すらない。医師の指示は、体はもとより首を動かすことや血管を収縮させるようなストレスからも離れろという。何もせずただボケーッとしていろということだ。
やがて気が付いた。動転しているのは僕ばかりなのであった。スタッフたちは粛々と職務をこなしている。いつのまにか江刺の稲が育ち初めているのかもしれない。
今月の本誌に問題があるとすれば、それは急な入院という不測の事態への準備を怠った編集長たる僕の責任だ。他の業務でも様々にご迷惑をお掛けし、礼を失することもあると思われる。お詫び申し上げます。
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昆吉則 コンキチノリ
『農業経営者』編集長
農業技術通信社 代表取締役社長
1949年神奈川県生まれ。1984年農業全般をテーマとする編集プロダクション「農業技術通信社」を創業。1993年『農業経営者』創刊。「農業は食べる人のためにある」という理念のもと、農産物のエンドユーザー=消費者のためになる農業技術・商品・経営の情報を発信している。2006年より内閣府規制改革会議農業専門委員。
江刺の稲
「江刺の稲」とは、用排水路に手刺しされ、そのまま育った稲。全く管理されていないこの稲が、手をかけて育てた畦の内側の稲より立派な成長を見せている。「江刺の稲」の存在は、我々に何を教えるのか。土と自然の不思議から農業と経営の可能性を考えたい。
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