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江刺の稲

「農業経営者」リニューアルにあたって

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第100回 2004年06月01日

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ご覧の通り本誌は今月号より誌面を大幅にリニューアルした。101号目の区切りだということもあるが、それだけではない。まず第一に、これまでの編集が読み手にとって読みやすい雑誌ではなかったという基本的な反省。それは、たぶんにメッセージ性が強い本誌であろうとも商業誌として恥ずべきことである。とりわけ、若い読者からの要望そしてスタッフたちの意思である。しかし、それと同時に考えた今回のリニューアルの意図は以下の点である。
 ご覧の通り本誌は今月号より誌面を大幅にリニューアルした。

 101号目の区切りだということもあるが、それだけではない。

 まず第一に、これまでの編集が読み手にとって読みやすい雑誌ではなかったという基本的な反省。それは、たぶんにメッセージ性が強い本誌であろうとも商業誌として恥ずべきことである。とりわけ、若い読者からの要望そしてスタッフたちの意思である。

 しかし、それと同時に考えた今回のリニューアルの意図は以下の点である。

 農業を取り巻く環境は、これまで本誌が主張してきたことを追認するがごとくに変化してきている。

 もう、「農業は食べる者のためにある」などという当たり前のことをことさらに語らずともよい時代になった。かつて本誌は、

「自給自足の時代に家族のために耕作や狩をしたかもしれないが、耕作や狩を続けるために家族を必要としただろうか。しかし、農業界は『農業を守るために“消費者よ米を食え! 国産農産物を食え!”』と主張している」
 と、農業界にはびこる論理を批判してきた。そして、

「守るための保護によってではなく、顧客たる消費者に必要とされて成立する農業とその経営創造への取組みこそが農業が守られる根拠であり、農業経営者たちは被害者意識から農政や農協あるいは取引先を批判する以上に、自らの経営を確立することこそが肝要であり、『問うべきは我』なのだ」と主張してきた。さらに、

「農業問題とは農業関係者問題である」といって、本誌自身を含めた農業関係者による“居場所作り”が農業の重荷になっていることを指摘してきた。が、それも否応無しに行革や農協改革の中で進んでいくだろう。補助金農業が終わりを告げれば農業関連企業とて同様である。

 そして、創刊当時から勧めてきた契約栽培や食関連産業との連携について、かつては「『農業経営者』は農業インテグレートを目論む消費企業の手先である」などという批判を受けていた。それを本誌では「目線の揃う異業種が理念と技術知識を共有しよう」という呼びかけとともにその斡旋も行なってきた。それももう、農業をフードシステムの中に位置付けて考えようという議論が当たり前のように語られる時代になった。

 さらに、驚くのは創刊当時に「農業経営者」というタイトルを見ただけで「それは自分の儲けだけを考える自分勝手な人々の雑誌か?」という中傷を受けたが、今では農業経営者という言葉も当たり前に通じるようになった。

 そうなのだ、これまでの文脈、いわば新時代の農業あるいは農業経営者という存在を卵から孵す孵卵器としての本誌の役割はそろそろ役目を終えようとしているのだ。

 そして、今必要なのは、規模や売上の大小、あるいは農業ビジネスの形に関わらず、すでに育ち始めている、誇りと社会性を持った新世代の農業経営者たちの役に立つことではないかと考えたわけである。そこでのプレーヤーたちの出自は農家とは限らない。企業であってもよいではないか。ただ、農家や農業界出身の方が、ずっと恵まれた環境にあるわけで、それすら理解できないものは退場していかざるを得ないのだ、と考えている。

 そんな、新しい「農業経営者」をこれからもご愛読いただきたい。

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