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江刺の稲

農業界に新しい神話を作る人々

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第125回 2006年07月01日

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流行りすたりの激しい時代を考えれば、もう旧聞に類することかもしれないが、「ALWAYS三丁目の夕日」という映画を見た。「俺、3回も見たよ」と勧める同級生の言葉につられて映画館に足を向けたのだ。
 流行りすたりの激しい時代を考えれば、もう旧聞に類することかもしれないが、「ALWAYS三丁目の夕日」という映画を見た。「俺、3回も見たよ」と勧める同級生の言葉につられて映画館に足を向けたのだ。

 原作となった漫画の存在を知らなかったが、いかにも筆者と同世代の原作者が持つ昭和30年代の追憶を、若い映画作家がその映像技法でリアルに再現してみせたこと。それが、この映画が同世代人の心の琴線を震わせた理由なのだろう。

 映画に登場する少年とほぼ同世代の筆者にとっても、そこに映し出される風景と語られるエピソードは懐かしかった。

 時代や経験を共有する者が思い出を語る時、事実というより個人の思い込みや自分本位の脚色によって彩られていればこそ、話しの印象が強く、その懐かしさも増幅される。民族に神話があるように家族や同時代を生きた者たちも、そのように自らの過去を神話化する。自らのアイデンティティのために。やがてそれが家族や民族の心を繋ぐ絆となる。

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