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自殺原因は減反失敗か
ところで紀内氏の自殺には一つ疑問が残る。米価交渉は、農相以下、事務次官、食糧庁長官ら農水幹部によるチームプレーであって、紀内氏の個人プレーでは決してない。失敗したとしても、それは連帯責任になるのだ。それなのに、なぜ自ら命を絶って責任を取らねばならなかったかである。最後にこのことを説明しなければなるまい。
紀内氏は、今回の米価交渉を米行政を司る担当者として、減反で政府の意図が貫けなかったことを、深刻な敗北と受け取ったのではないだろうか。減反面積を拡大することができなかったことで、この秋には米の在庫状況は最悪の状態に陥り、その処理に巨額の財政資金を投ずるとなれば、米行政の責任者として、その責任を免れることはできないという心境に追い込められたのではないだろうか。
筆者の紀内氏に対する思い出は、人一倍責任感の強い役人であったということである。紀内氏とは、こんな思い出もあった。少々長くなるがぜひ紹介しておきたい。
筆者が、92年5月頃、ある雑誌に「富山県経済連は、農家に渡るべき自主流通対策費を流用している」と書いたところ、その富山県経済連から強烈パンチをくらったのである。富山県経済連の言い分は、記事は事実無根、場合によっては名誉毀損で訴えるということだった。
農家への補助金を勝手に流用していて、「よく言うわ」とあきれ返ったものである。万が一富山県経済連が、筆者を名誉毀損で訴えてきた場合には、誣告罪で訴え返してやろう。あるいは、補助金横領罪で東京地検特捜部に告発してやろうかなとも思った。
そういうこともあって、筆者は、食糧庁の企画課長だった紀内氏に電話をかけて、「すでにお聞き及びだと思いますが、私は、富山県経済連から自主流通対策費のことで名誉毀損で訴えるぞ、と脅かされています。彼らからかけられた濡れ衣を晴らすためにも、食糧庁としてひとつ協力をしていただけないか。実は、自主流通対策費を農家に渡すについて交付要項があるはずですね。その要項を送って頂きたいということです」とお願いをした。紀内氏らの返事は、「上と相談させて下さい。明日朝、返事をします」というものだった。
その交付要項には、自主流通対策費が食糧庁から全農に支払われて、経済連、農協を通じて農家に渡るルールがきちんと書いてあるのだ。筆者は、富山県経済連は、そのルールなど守らずに卸業者へのリベート原資に使っていたのは絶対に間違いがないと踏んでいたのだ。
食糧庁はその資料を絶対に出してこないと思っていた。食糧庁は、霞ヶ関の役所の中でも情報公開に不熱心な役所であるからだ。最近、こんなこともあった。この間、食糧庁が毎年出している「データにみる日本の食糧」という資料をもらいにいった時のことである。30頁ほどの簡単な一般に配布する簡単なパンフレットだ。名前を聞かれるのは納得できるが、その資料を何に使うとしつこく聞いてくる。あまりしつこいものだから、「俺が何に使おうが、それは企業秘密だ。君たちに教えるわけにはいかない」と言ってやったほどだ。
紀内氏は、約束した朝10時きっかりに電話をかけてきた。その資料を出すというのだ。返事を聞いて筆者は驚いた。と同時に、食糧庁も経済連が自主流通対策費を不正流用していたことには内心忸怩たるものがあったのだろう。それで筆者が、場合によっては富山県経済連を横領で告訴すると言ったものだから、食糧庁もこれは観念できないと思って資料の提出に応じたのではないだろうか。紀内氏が自殺した今、それを確かめることはもはやできなくなった。
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土門剛 ドモンタケシ
1947年大阪市生まれ。早稲田大学大学院法学研究科中退。農業や農協問題について規制緩和と国際化の視点からの論文を多数執筆している。主な著書に、『農協が倒産する日』(東洋経済新報社)、『農協大破産』(東洋経済新報社)、『よい農協―“自由化後”に生き残る戦略』(日本経済新聞社)、『コメと農協―「農業ビッグバン」が始まった』(日本経済新聞社)、『コメ開放決断の日―徹底検証 食管・農協・新政策』(日本経済新聞社)、『穀物メジャー』(共著/家の光協会)、『東京をどうする、日本をどうする』(通産省八幡和男氏と共著/講談社)、『新食糧法で日本のお米はこう変わる』(東洋経済新報社)などがある。大阪府米穀小売商業組合、「明日の米穀店を考える研究会」各委員を歴任。会員制のFAX情報誌も発行している。
食糧庁総務部長自殺の内幕
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