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江刺の稲

農政を語るより顧客に奉仕せよ

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第137回 2007年08月01日

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世界貿易機関(WTO)新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)の米国、欧州連合(EU)とブラジル、インドの4カ国・地域(G4)による閣僚会合が決裂した。それにともない、ドイツで6月23日に予定されていた日本とオーストラリアを加えた6カ国・地域(G6)会合が中止となった。ドーハ・ラウンドは7月末までに大筋合意をし、年内の最終合意を目指していたものだが、これで年内の合意は困難になったようだ。
 世界貿易機関(WTO)新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)の米国、欧州連合(EU)とブラジル、インドの4カ国・地域(G4)による閣僚会合が決裂した。それにともない、ドイツで6月23日に予定されていた日本とオーストラリアを加えた6カ国・地域(G6)会合が中止となった。ドーハ・ラウンドは7月末までに大筋合意をし、年内の最終合意を目指していたものだが、これで年内の合意は困難になったようだ。

 先延ばしになったとはいえ、日本の農業が今より厳しい競争にさらされることは避けようがない。その結果、農業から撤退せざるを得ない者も、立ち行かなくなる関連産業もあるだろう。どんな逆立ちをしても米国やオーストラリアや中国などと同じコストのコメ作りなどできない。しかし、コストの差だけで日本農業が滅びるかのごとく騒ぎ立てるのは愚かと言うべきだ。もとより直播面積が1%にも満たないと言うほどのコストダウンの努力もしていない状況を考えれば、論外である。コストダウンの努力は言うまでもないが、もっと考えるべきことがある。

 我々は、顧客の支持を得ることのみを通して自らの経営を守る農業経営者である。そして、その事業の成功を通してこそ日本農業や地域に貢献できるのだ。農水省の大臣でも農業保護を叫んで居場所作りをする農業団体職員でもないのだ。しかし、我が読者を含めて少なからぬ農業経営者は、いまだに農業団体メディアが言い立てる敗北主義の論理で日本農業を語っていないか。

 より安楽な条件での経営を望まぬものはいない。しかし、農業経営者なら日本農業の大いなる可能性に気付くべきだ。それも、日本が非・農業国であればこその可能性を。

 日本人や日本というマーケットの特殊性や食文化を持ち、しかも、これほどまでに風土や地の食べ物にこだわってくれる消費者のいる豊かな国は他にあるだろうか。スーパーでは輸入物の安いブロッコリーよりも100円高い国産品から売れていくのはなぜだ。ブロッコリーの輸入をリードするドールがなぜ国内においても最大のブロッコリーの需要者であるのだ。それも通年で国内調達している。同社は他の国でも同じ行動を取るのだろうか。先進国の中でこれほど地方の食品スーパーがシェアを持っている国はどこにもない。そこには日本での消費者のこだわりがあるからだろう。ましてや、今の日本では「貧乏人は麦を食え」どころか、格差社会と言われながらも、安月給の若者がネット検索をして高級レストランやホテルに女の子を誘う時代なのだ。

 そんな時代やマーケットの中に生きていながら、農業界はまだ欠乏の時代の論理や戦後の産業発展の途上にいた時代と同じ市場社会における農業を考えている。現在及び将来の農業がどのような消費社会を背景とし、それを可能にする産業構造がどのようなものであるかを想定するべきだ。そして、その上でこそ農業の経営戦略は考えられるべきなのだ。であるなら、農業経営者であればこそ現在の日本の経済的繁栄とそれを可能にする世界に対する産業的貢献をいかに持続させるかを考えるべきだ。そうしなければ、我々を必要としてくれる顧客がいなくなってしまうということなのだ。そして何より肝心なことは、すでに破綻している農業政策を盲目的に信じることより、農業経営者たちがそれぞれの場で、顧客本位の農業を追求していくことに尽きるのだ。

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