ナビゲーションを飛ばす



記事閲覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加はてな
  • mixiチェック

旅の曲者

アデルの作文

 それから何年もたって、日本に帰国していたぼくは意外なところからアデルの消息を聞いた。添乗員を辞めたあと、都内の日本語学校で教師をしている友人の女性からのメールの中に、あのアデルと思われる若者のことが書かれていたのである。彼女は書いていた。

「……私が教えたその生徒はアデルさんといい、エジプトから2年前に来日した男性です。驚いたのは、アデルさんは、私が添乗員の仕事でエジプトに行ったときに知り合った日本人ガイドのKさんやSさんのことを知っていたことです」

 KさんもSさんもぼくの知り合いだった。そして、ぼくがエジプトで会ったアデルが彼らのもとに出入りしていたのも知っている。アデルという名前はありふれているが、KさんもSさんと付き合いのあるアデルが何人もいるとは思えない。彼女のメールに書かれていたアデルは、間違いなく、あのアデルだった。ということは、彼は念願かなって日本にやってくることができたのだ。彼女は、ぼくがアデルと知り合いだということは知らない。メールはさらに続いていた。

「先日は学校の卒業式でした。エジプトのアデルさんも卒業生の一人でした。私のクラスでは卒業生たちは卒業にあたって文集をつくるのですが、じつは今回メールしたのは、そのなかでアデルさんの書いた作文がすごくよかったからです。ところどころ変なところもありますが読んでみてください。私はとても幸せな気持ちになりました」

 メールに付されていた作文を一読した。彼女のいうとおりだった。こんなにあったかくて幸福な作文は読んだことがない。卒業したアデルが、その後なにをしているのかわからない。けれども彼ならきっと大丈夫だと思う。そう思いながら、なんどもアデルの作文を読み返した。

関連記事

powered by weblio