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旅の曲者

道草をしよう

情報があふれている世の中である。これだけ情報があふれていると、その情報の海で溺れないように、なるべく効率的に判断したり、行動したりすることが求められる、と世間ではいわれている。
 情報があふれている世の中である。これだけ情報があふれていると、その情報の海で溺れないように、なるべく効率的に判断したり、行動したりすることが求められる、と世間ではいわれている。

 書店に行けば、その手の実用書はいくらでもある。整理術指南書、生き方指南書、省コスト指南書など、分野は違うものの、無駄を省いて短時間で最大の効率をあげるためのノウハウや段取りを説く本はかぎりなく多い。

 私もまた、現代社会の一員として生きるべく、そうした類の本を読んだことがある。部屋がちっとも片付かないので、整理術の本を読んで整理しようと思ったのである。ある本によると、半年以上開いていない本や資料はこの先も使わないはずだから捨て、残った本をテーマ別に分けてみなさいとあった。

 なるほど、まわりを見回してみると半年どころか何年も開いていない本や資料が結構ある。これらをごっそりと捨ててしまえたら、どんなにすっきりするだろう。しかし、仕事の資料なら別だろうが、本の場合それを買ったときの思い出や記憶と結びついているものが少なくない。

 たとえ本は開かなくても、ランダムに並んだ背表紙を眺めながら記憶の淵を漂っていると、思いがけない発見があり、それがアイディアを生み出すこともある。おそらく効率的にテーマ別に整理された本棚では、先が見えてしまって思いがけない発想などはあまり浮かばないのではないか。結局整理したのは、その整理術の本だった。

 もちろん、無駄を省くこと、段取りよく効率的に物事を処理することが必要なのはわかる。以前、エジプトにマクドナルドがオープンした当初はカウンターに従業員が30人以上もひしめいていて、ハンバーガーと飲み物を注文しただけなのに、5人以上のスタッフを経由して、挙げ句の果てに注文と違う品が出てくることが時々あった。たしかに、こういうのは無駄を省く余地があるだろう。

 しかし、あまり若い頃から効率的に行動する癖を身につけるのはどうなのだろう。たとえば最近では旅先でインターネットに接続して、情報を収集したり、ブログを書いたりしながら旅行している若い人がいる。そういうスタイルもありだとは思うが、ときどき感じるのは、そこまで旅を管理というか、プロデュースしながら旅するというスタイルに対する漠然とした違和感である。

 たとえば、トラブルや無駄を避けるために、あらかじめ情報を集めて、なるべく思い描いたとおりの旅をする。美味しいものを食べ、人びととふれあって、きれいな風景の場所で写真を撮って、土地の名産品を土産に買う。パックツアーはまさに、そのような段取りによってつくられた旅だが、個人のレベルでもこうした段取りをしっかり立てて旅をしている人が思いのほかいる。

 人それぞれのスタイルがあるので、それはかまわないのだが、自分の場合、あらためて思い返してみると、無駄の多かった旅ほど強烈に印象に残っているのだ。無駄が多いとは、思いもよらないことが次々と押し寄せてきて、旅が計画とまったく違うものになってしまうようなケースである。移動手段がなく小さな村で1週間待たされたり、信用した人にカネをだまし取られたり、朝起きたら貴重品一式が消えていたり、道に迷ってまったく知らない土地に迷い込んだり、病気で入院したり、野生動物に襲われたり等々。

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