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江刺の稲

問うべきは農業経営者数だ

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第23回 1997年06月01日

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農家自身の農業離れ、農業やお米や食糧へのこだわりが希薄になってきたことを嘆息する人々がいる。良いではないか。何よりもそれは、人々が命をつなぐための食糧確保、飢えへの脅えから自由になれた結果であり、そこで初めて暮らしの豊かさを問える時代になったと言うべきだからである。さらに、そうなってこそ農業経営者の自負とその役割が擁護される時代になるのだからだ。
 農家自身の農業離れ、農業やお米や食糧へのこだわりが希薄になってきたことを嘆息する人々がいる。良いではないか。何よりもそれは、人々が命をつなぐための食糧確保、飢えへの脅えから自由になれた結果であり、そこで初めて暮らしの豊かさを問える時代になったと言うべきだからである。さらに、そうなってこそ農業経営者の自負とその役割が擁護される時代になるのだからだ。

 すでに我が国の農家のほとんどは経済的には農業に依存する必要がなくなった。昔から人は農業をしたくて農家であったわけではない。農家だから農業をしてきただけなのである。社会発展の歴史あるいは産業化とは、人が農業生産の場から離れていく歴史であるとも言える。かつては農業をすること以外、生活の糧を得る方法が他にはなかったのである。産業経済の発展にともなう農業就業人口の減少や本格的な兼業化の進行は昭和40年代に始まった。社会の生産力が上がり労働力需要が高まれば、農家が農業から離れていくのは当然の成り行きだった。女性の社会進出も同じことなのである。

 かつて兼業化について農業界では「農業機械の借金を返さなければならないから兼業や出稼ぎに出なければならない」といういわゆる「機械化貧乏論」が声高に語られたりもしたが、まことにトンチンカンな議論であった。

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