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エクセレント農協探訪記

北海道・常呂農協

 土は正直なのだ。きちんと土作りをすれば、それが作物の出来に正確に反映してくれる。このごく当たり前のことが農家に伝わらない。久世組合長が切歯扼腕するのは、このことだ。それで不作にでもなれば他人に責任を転嫁する農家も実に多い。久世組合長は、そんな農家に警鐘を乱打しているかのようである。

 常呂町にはサロマ湖がある。ホタテの養殖で有名だ。日本一の産地でもある。ホタテ加工の過程でウロや貝殻が廃棄物になる。その量は年間3000tになる。この廃棄物の処理に頭を痛めてきた。オホーツクに面しているだけに鮭や鱒の加工工場もある。当然内蔵が出てくる。久世組合長はこれらに目をつけた。ウロや内蔵をすり潰して畑にまいてみた。これが思わぬ効果があった。地力維持に役立ったのだ。だが強烈な臭いが出るので苦情が出た。最近は取りやめてしまった。それに代わってというわけではないが、貝殻の有効利用に奔走した。

 「地元の漁協と産業振興公社を作ってね。産業廃棄物だったホタテの貝殻を粉砕して石灰を作っている。土壌改良材と鶏の飼料として使うんだ。貝殻だからカルシウムも微量要素もいっぱい入っている。一時はカドミウムが入っているとクレームがついたウロを原料にした土壌改良材も、濃度を下げれば問題なしという結論だった」

 常呂農業のもう一つの敵。それは天候である。ここ数年、天候不良が続いている。その前はそうでもなかった。日照が多いことで他地域の農家から羨ましがられてきた。農産物の出来もよい。バレイショであれば味がある。ビートであれば糖度が高い。こういう評判が聞かれていた。それがここ数年変わってしまったのだ。長雨の連続災害。これにずっと悩まされているのだ。

 被害の度合いは大きかった。水はけが悪い。これが理由だった。畜産物は計画通りの生産がありながら、96年の売上高は38億円だった。平年より10億円ダウンの数字だ。一戸当たりにすれば約500万円の減収である。それでも悪天候が続いた割には、水はけのよい畑ではまずまずの収穫だった。そう慰めてもいる。畑の水はけをよくしていた。そんな努力があったからだ。

 「これも日頃の土作りが効を奏したんだな。そう思っているよ。同じような気象災害を受けた他の農協管内の農業地帯では収量が落ちていると聞いているよ」

 昨年は面積は小麦が一番。1600haだった。次いでビートである。1200ha。以下1000haのバレイショ、250haのタマネギと続く。以前はデンプン用バレイショが多かったが、自由化でトップの座を小麦に譲ってしまった。最近は農家の所得アップを目指して加工用バレイショの栽培を奨励している。ポテトチップスなどを作るカルビー向けにだ。

 久世組合長が自慢するものが一つある。日本で最初にビートのペーパー・ポット移植が常呂町で始まったことである。日本甜菜糖のプラントが町にあり、普及に努めたそこの技術者の銅像が農協本所の前に立っている。ビートのペーパー・ポット栽培の発祥の地。久世組合長の自慢の種である。種とりビートの圃場もある。種とりビートでは、いまや道内の先進地でもある。

 以前は常呂町はビート栽培では収量が全道トップだった。昭和61年(86年)以降ビートが糖度で取り引きされるようになってから、実質ナンバー1の地位を斜里町や小清水町に奪われた。地力の違いもある。でもそのハンデのことは言っておれない。かつてのトップの座を奪い返したい。これが久世組合長の決意である。

 「デンプンの自由化で加工用のバレイショにスイッチしなければと思ってね。デンプン工場も廃止する計画です。これを機会に、ちょうど北海道庁が昨年から導入した『21世紀パワーアップ事業』をテコに常呂町農業も大転換を図るべくいろいろと考えているところです」

 常呂町の農家は農協活動にも積極的だ。組合員の口から、「自分たちの農協」と言う言葉が聞かれる。それだけ農協に愛着を持っている証拠でもある。それは日頃から何事も農協を核に話し合ってきた。そんな積み重ねが道東地区でも優秀な農協の一つにリストップされている所以でもあるようだ。これも久世組合長の人柄の為す技とみた。

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