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特集

裏読み農協改革

政府・自民党とJA全中が合意した農協改革の骨子について、各方面でさまざまに語られている。要は、准組合員問題を先送りにした農協救済策に過ぎない。この一連の内容や今後の展開に関して、日本農政のアナリストや農業ジャーナリスト三氏に切り込んでもらった。

アベノミクス農協改革、
農政の目的は何か?
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 山下 一仁

安倍政権は農業所得倍増を唱えている。農協改革について、西川農林水産大臣(当時)は“農家所得の向上”の観点を強調した。
農業所得と農家所得とは同じではない。酪農家のように、所得をほとんど農業から得ている場合は、この二つはほぼ同義であるが、米作農家のように、ほとんどが兼業農家や年金生活者のような場合には、農業所得の占める割合はごくわずかであり、農家所得は農業所得と一致しない。
農水省など政府文書では農業所得と書かれ、政治家は農家所得に言及する。農家の多数を占める米作農家の場合、農業所得をいくら倍増したとしても、兼業農家等の農家所得は増加しない。米作農家の所得を向上すらなら、兼業先の企業などに賃上げ要請をしたほうが効果的である。また、兼業農家等に退出してもらって、主業農家に農地を集積したほうがコストも下がるので、コメ産業全体の農業所得は向上する。しかし、政治家の場合、水田は票田である。政策的な根拠もなく、農家所得を上げるのだと言ったほうが票につながる。もちろん、構造改革が進み、兼業農家等がいなくなってもらっては困る。所得の向上については、政府と政治家の同床異夢である。
なぜ農業や農家だけが特別に所得を保障されなければならないのかというと、農業には国民の生命維持に不可欠な食料を供給する役割があるからとしか、答えようがない。つまり、食料の供給が第一義的な農政目的であって、その限りにおいて、農業に従事する農家の所得を確保すべきだという主張が出てくるに過ぎない。農地を転用すれば、また減反で米価を高くすれば、農家は潤うが、農地資源は減少し、食料安全保障は損なわれる。農家所得自体は農政の目的ではない。しかし、農業票獲得のためには、食料供給よりも農家所得向上を叫んだほうが得である。

【食料安全保障や
多面的機能を損なった農協】

我が国の農政は、食料安全保障や多面的機能の増進どころか、それを損なってきた。その典型が減反・高米価政策である。多面的機能のほとんどは、水資源涵養や洪水防止といった水田の機能である。しかし、減反によって、40年以上も水田を水田として利用しないどころか、食料安全保障や多面的機能に必要な水田を潰してきた。
高米価・減反政策は、非効率でコストの高い零細な兼業農家を米作に滞留させ、農地が主業農家に貸し出されることを妨げてきた。農家の7割がコメを作っているのに、農業の2割の生産しかしていない。農政は、主業農家が規模を拡大して生計を豊かにしようとするのを妨害してきた。米価が高いので消費も減退し、結果としてコメ農業は衰退した。高米価・減反政策を強力に推進してきたのが農協だった。
戦後の食糧難の下でコメを農家から政府へ集荷するため、金融から農産物集荷まで農業・農村のすべての事業を行なっていた戦前の統制団体を、衣替えして作ったのが農協である。このため、日本のいかなる法人にも許されない銀行業の兼務が認められ、また農家の職能団体であるはずなのに、地域の住民なら誰でも組合員になって農協の事業を利用できるという“准組合員”制度が認められた。しかもその後、生保事業も損保事業も追加された。農協は、やっていないのはパチンコと風俗業だけと言われるくらい、日本で唯一の万能の法人組織となった。
高米価政策で、本来なら退出するはずのコストの高い零細な兼業農家を多数滞留させることができた。農業所得の4倍に達する兼業所得も年間数兆円に及ぶ農地の転用利益も、銀行業を兼務できる農協に預金され、農協の貯金残高は約90兆円と我が国第2位のメガバンクに発展した。
農業は衰退しているので、農協預金の1~2%しか農業に融資されない。地域の人を准組合員に勧誘することで、預金の3割を住宅・車・教育ローンなどに貸し出した。残りの7割は農林中金がウォール街で運用している。積極的な勧誘の結果、准組合員は年々増加し、農協は正組合員より農家ではない准組合員のほうが75万人も多い“農業”の協同組合となった。
米価を上げることで、農協が持つすべての歯車がうまく回転した。農業を発展させるために作られた組織がそれを衰退させることで発展した。TPPによって関税が撤廃され、米価が低下しても、直接支払いすれば、農家は困らない。しかし、米価が下がり、非効率な兼業農家が退出し、主業農家主体の農業が実現することは、農協にとって組織基盤を揺るがす一大事だ。だから、TPPに対する一大反対運動を展開したのである。
EUは加盟国が27カ国にも上り、合意形成は相当困難であると思われるのにもかかわらず、なぜ農政改革が進み、日本では進まないのだろうか。それはEUになくて日本にあるものがあるからである。
農協の政治的・経済的利益が高い価格維持とリンクしている。このように価格に固執する圧力団体はEUにもアメリカにも存在しない。どの国にも農業のために政治活動を行なう団体はあるが、その団体が経済活動も実施しているのは、日本の農協をおいて、他にない。
農協は農家を守ると主張する。しかし、農協が守ろうとしているのは、組合員である農家の利益というより、農協自体の組織の利益である。
減反を廃止して価格を下げれば、コストの高い兼業農家は退出する。主業農家に限って直接支払いすれば、その地代負担能力が高まり、主業農家に農地が集まり、規模が拡大してコストが下がる。収益が上がるので、兼業農家に払う地代も上昇する。現在都府県の平均的なコメ農家の純収益はゼロかマイナスである。農業は収益の高い主業農家(20haなら1400万円の純収益)に任せ、その収益を零細な農家に地代として分配したほうが地域全体の利益となる。
高い関税で守っても、国内市場は人口減少で縮小する。国内市場だけでは農業は安楽死するしかない。品質の高い日本の農産物が価格競争力を持つようになれば、我が国農業は世界の市場を開拓できる。国内農地はフルに活用され、農地減少に歯止めがかかる。食料安全保障は確保され、多面的機能も十分に発揮される。これこそ国益ではないのか? 農家所得の向上が農協改革の目的であってはならない。食料安全保障や多面的機能のために農協改革を行なうのだ。

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